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アルツハイマー病新薬 なぜ臨床医は期待するのか

工藤千秋・くどうちあき脳神経外科クリニック院長

 先月、病気の進行とともに認知機能が低下するアルツハイマー型認知症(AD)の新しい薬「レカネマブ」の有効性を示す臨床試験の結果を製薬会社エーザイなどが発表し、大きな注目を集めました。原因物質の一つとされるたんぱく質のアミロイド(=アミロイドベータ)を狙った薬で、昨年も「アデュカヌマブ」という別の薬の承認をめぐって話題になりました。この薬は評価が分かれて承認が見送られましたが、今回の新薬は何が違うのでしょうか。そして、クリニックで日々認知症患者と接する臨床医として、この薬に対する率直な思いをみなさんに伝えたいと思います。

「高性能」な鎖を狙い打ちか

 ADを理解するのに、アミロイドという言葉を聞かれたことがあると思います。アミロイドは脳内だけでなく、体のいたるところにあります。細胞を覆っている膜の表面からボロボロと流れ落ちる、いわばたんぱく質の「ゴミ」です。

 このゴミがきれいに体の外に排出されれば、いつまでも脳は健康で若々しくいられます。ところが、ゴミが排出されず、30~40歳の頃からだんだんと脳内にたまってくることが言われています。

 このゴミは寝ている間に、脳内の脳脊髄(せきずい)液(脳しょう)の流れに乗って、心臓の拍動にあわせて押し出される形で、最終的に排出されています。ところが、だんだん年齢が上がると、動脈が硬くなるなどいろんな理由でうまく排出されなくなります。脳脊髄液に残ったアミロイドというゴミが脳内の神経細胞の中に入り込み、神経細胞の大事な部分をがんじがらめにして壊してしまう。これがAD発症の原因として支持されている「アミロイド仮説」と呼ばれるものです。

 一般に、頭のてっぺんより後ろ側に当たる「楔前(けつぜん)部」と呼ばれる部分から壊れ始め、記憶のふるい分けをしてくれる「海馬」というコンピューターの役割をする部分も壊れてきます。最後は、おでこの奥、前頭部と言われる部分も壊れ、記憶障害が出てくるというのが、アミロイドによってADが引き起こされる一連の流れです。

 アミロイドというゴミは、最初はモノマーといって、たんぱく質でできた1本のひものようなものです。これが…

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くどうちあき脳神経外科クリニック院長

くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)、「脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング」(サンマーク出版)など。