米ジョンズ・ホプキンズ大学の「COVID-19 ダッシュボード」(2022年10月25日)
米ジョンズ・ホプキンズ大学の「COVID-19 ダッシュボード」(2022年10月25日)

国による感染状況の差を引き起こしたものは何か

 新型コロナウイルスの感染状況をまとめた米ジョンズ・ホプキンス大学(JHU)の「COVID-19 ダッシュボード」によれば、2022年10月12日の時点で、日本の感染者数は累計2159万3702人、死者数の累計は4万5667人で、死亡率は感染者の中の0.21%、総人口の0.036%です。

 政治体制が類似し、データの質が比較的均質と思われるアジアの3カ国(日本、韓国、台湾)、ヨーロッパの3カ国(ドイツ、イタリア、イギリス)に、ニュージーランド、アメリカを加えた8カ国を比較しました。感染者中の死亡率を比べると、アジア・オセアニア地域の国々で低く、欧米諸国で高いという傾向が明らかです。

 感染者中の死亡率は、感染者を把握できなければ低くなりますが、総人口に対する死亡者の割合で計算し直してみても、アジア・オセアニアで低く、欧米諸国で高いという傾向は変りません。

 厚生労働省の季節性インフルエンザ・ファクトシートによると、季節性インフルエンザの死亡者数は、世界中で年間29万~65万人です。JHUのデータベースでは、世界中の新型コロナウイルス感染による累積死者は600万人超で、1年で200万人を超える計算となります。「新型コロナウイルスなんてインフルエンザと一緒だ」というのは、今のところ、暴論です。

 さて、同じ先進国と呼ばれるアジア・オセアニア4カ国と、欧米4カ国との間で、1桁違う死亡率の差を引き起こした原因は何でしょう。東洋人には免疫があったという仮説は、ニュージーランドの死亡率の低さを見ればあまり信用できません。

 地理的にみれば、死亡率が低かったアジア・オセアニア諸国は韓国を除いて島国です。韓国も、国境を接するのは自由に国民の行き来ができない北朝鮮だけですから、状況は島国に似ていると言ってよいでしょう。人の出入りを制限しやすい島国の方が、こうしたパンデミックでの防疫がしやすかった、という説明は説得力があるかもしれません。

 もう一つ、アジア・オセアニア4カ国に共通するのは、欧米諸国に比較して防疫体制が厳しかったということでしょう。ここに挙げた欧米諸国のうち、イタリア、イギリス、アメリカと比べてしっかりとした防疫体制を敷いていたドイツの感染率、死亡率は、アジア・オセアニア4カ国よりは高いのですが、欧米4カ国の中では一番低く、防疫政策の効果も大きかったのだと思います。

 感染が始まり、イタリア、スペインなどの医療崩壊が報じられていた20年3月18日、ドイツのメルケル前首相がテレビを通じて国民に向かい、直接、防疫体制強化を訴えた演説は、ドイツ国民のみならず世界中の人の心にしみました。

 今、メルケル前首相の演説を読み返してみると、20年春以降、世界中に起きる困難を、彼女がいかに鋭く洞察していたかがわかり、その慧眼(けいがん)に改めて驚かされます。ニュージーランドのアーダン首相も20年3月21日に、コロナ対策に関する、優れた国民向け演説を行いました。これに対して、イギリスのジョンソン元首相、アメリカのトランプ前大統領のでたらめぶりは目を覆うばかりでした。わが日本の首相や東京都知事が何を言ったか、私は全く覚えていません。

台湾の成功と日本のもたつき

 台湾は、22年春以降、感染者、死者ともに増えていますが、パンデミックの始まりから昨年末までは、ほぼ完璧に感染を抑え込んでいました。20年5月9日付ブルームバーグのリポートによると、台湾CDC(疾病対策センター)は、19年末には武漢で新しい感染症が発生していることを把握し防疫体制に入りました。

 19年12月20日には感染状況を把握するための中央感染症指揮センター(CECC)を設置、同日、サージカルマスク、N95マスク(感染症病棟で使用されるウイルス防御能力の高いマスク)、ガウンの備蓄、感染者を収容するための陰圧室(室内が陰圧になっていて、患者から出るウイルスが室外に漏れない病室)1100室の確保を指示しました。

 台湾政府は民間のマスク製造会社に増産を指示し、民間工場に兵士を派遣して、1日188万枚だったマスクの生産を2000万枚に増産できる体制を整えました。さらに、市場のマスクが品薄になると、20年2月6日には、マスク購入時に身分証を確認することにして、買い占め、転売を抑え込みました。

 こうした対応を牽引(けんいん)したのは…

この記事は有料記事です。

残り3930文字(全文5754文字)

東京都立松沢病院名誉院長・精神科医

私は、サンフランシスコ講和条約の年に千葉県船橋市で生まれた。幼稚園以外の教育はすべて国公立の学校で受け、1980年に東京大学医学部を卒業して精神科の医師となり、40年を超える職業生活のうち26年間は国立大学や都立病院から給料をもらって生活してきた。生涯に私が受け取る税金は、私が払う税金より遙かに多い。公務員として働く間、私の信条は、医師として患者に誠実であること、公務員として納税者に誠実であることだった。9年間院長を務めた東京都立松沢病院を2021年3月末で退職したが、いまでも、私は非常勤の公務員、医師であり、私の信条は変らない。