
生活に困窮する家庭に学用品代や給食費を補助する「就学援助」の支給対象者の割合は、2020年度は14.42%で、高止まりの状態が続いています。ただし、静岡県富士市で子どもたちの居場所作りに取り組むNPO「ゆめ・まち・ねっと」の渡部達也さんは、就学援助を必要としている世帯にきちんと制度が周知されているのか、疑問が残るといいます。渡部さんのもとを訪れる母親たちの中には、年度途中での離婚などによって、制度の存在を知らないまま経済的に苦しい状況に置かれている家庭もあるからです。自分たちで申請しなければ援助は受けられず、こうした日本の「申請主義」はさまざまな問題をはらんでいます。援助を必要とするすべての世帯に支援が行き渡るようにするために、何が必要なのでしょうか。
「シューガクエンジョ?」
「こんちはー。お米とフルーツ、もらいに来たよー」
20代前半のユウナが小学生の娘と保育園に通う息子を連れて、「みんなの家むすびめ」にやってきました。
「みんなの家むすびめ」とは、僕の自宅を大がかりなリノベーションをして開いた地域の居場所の愛称です。昨年度、静岡県が創設してくれた「クラウドファンディング型ふるさと納税」によってリノベーションのための資金を集め、今年の4月に開設しました。
「むすびめ」の取り組みの一つに、「ふでパン」と名付けた企画があります。フード&デーリーパントリー、略して「ふでパン」です。米やフルーツ、野菜、缶詰などの食料品と、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、生理用品、洗剤、アルコール消毒液などの日用品を生活に困窮している子育て世帯に無償で提供しています。提供している品々は、企業、寺院、フードバンク、個人有志などから寄せられたものです。
「ユウナも子どもたちも元気そうだねぇ」
そうでもないだろう現状を知りつつも、そんな声かけをしました。
「まぁねぇ(笑い)いっぱいいっぱいだけどさ(笑い)」
経済的にも精神的にもしんどい思いを抱えているだろうユウナの精いっぱいの笑みに、胸が締め付けられます。
ユウナは小学生のころ、僕らが週末に開いている「冒険遊び場たごっこパーク」という自由に過ごせる遊び場に欠かさず来ていました。10代半ばで結婚した後は、しばらく疎遠でしたが、「離婚になっちゃった。いろいろ頼りにさせてね」と無料通信アプリ「LINE(ライン)」で連絡が届き、「ふでパン」にも来るようになりました。上の娘は小学生になっているので、聞いてみました。
「学校にはもう、離婚して、母子家庭になったこと、伝えたんだよね?」
「うん」
「就学援助って制度があるんだけど、案内されたかなぁ?」
「シューガクエンジョ? なにそれ?」
「学用品代とか給食費を援助してもらえる制度で、年間6万円以上もらえるよ」
「へぇ~知らなかったなぁ」
「学校にそういう制度があることを聞いたから申請したいですって言ってみて。言ったけど、話が進まないとかあったら、また連絡しておいでね」
「わかった。ありがとう」
「キューショクヒ、タカイネ」
「ミキサン(僕の妻、美樹のこと)、イツモ、レンラク、アリガトゴザイマス」
途上国の国籍をもつサマンサが「ふでパン」にやってきました。
「コレ、パイナップルモ、イイノ?」
「うん、もらってもらって」
妻が応対します。
「トイレットペーパーとティッシュペーパーもどう?」
「ハイ、トテモ、タスカリマス。ペーパー、タカイネ(笑い)」
「そうね。ペーパーも値上がりしてるからね」
必要な食料品や日用品を選んだサマンサに妻が聞きます。
「サマンサは、子どもたちの学校の給食費って、払ってる?」
…
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NPO法人ゆめ・まち・ねっと代表
わたなべ・たつや 1965年静岡県三島市生まれ。茨城大卒。88年静岡県庁入庁。児童相談所ケースワーカーや大規模公園「富士山こどもの国」の設立・運営、国体および全国障害者スポーツ大会の広報などに携わる。「まちづくり」という夢を追い求め、2004年に16年余り勤めた県庁を退職。同県富士市に移住し、同年秋、妻・美樹と共にNPO法人「ゆめ・まち・ねっと」を設立。空き店舗を活用した放課後の居場所「おもしろ荘」や地元の公園と川で自由な遊びを楽しむ「冒険遊び場たごっこパーク」、「0円こども食堂」などの開催を通じて、子どもの遊び場づくり・若者の居場所づくりに取り組む。里親として虐待を受けた子どもの社会的養育にもかかわっている。愛媛県松前町が創設し「義農精神」(利他の精神)を体現する活動に取り組む個人・団体を表彰する第1回「義農大賞」など受賞多数。 著書に「子どもたちへのまなざし-心情を想像し合い 積み重ねてきた日常 切れ目のない関係性-」(エイデル研究所)。