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この世界は光で満ちている

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
 
 

 盲ろうという重複障害がありながら世界で初めて大学教授になった福島智・東京大学先端科学技術研究センター教授のことは本欄(5月19日掲載)で紹介した。

 福島さんは母の令子さんが発案した「指点字」というコミュニケーション手段によって暗闇に閉ざされていた人生を切り開くことができた。盲ろうの障害者は日本国内でも1万4000人くらいはいると思われているが、指点字を使うことで周囲の人とコミュニケーションを行っている人は少なくない。令子さんは大勢の盲ろう者に光をもたらした存在でもある。

 その令子さんと福島さんをモデルにした映画「桜色の風が咲く」(松本准平監督)が今月4日から各地の映画館で公開されている。

 「この世界には、それでも光が満ち溢(あふ)れている」というキャッチコピー。障害児の母が主人公というと、「お涙ちょうだい」の定番映画と思われるかもしれないが、ただの感動物語ではない。医療の専門職が持つ無謬(むびゅう)性や権威主義への批判、イノベーションの本質について考えさせられるシーンが随所に出てくる。

 秋の光がやさしく降り注ぐ東大先端研(東京都目黒区)のキャンパスに福島さんを訪ねた。

シナリオ20回以上書き換え

 見えない・聞こえないという重複障害を持つ世界初の大学教授ということで、福島さんは障害者福祉の分野以外でも名が知られている。福島さん自身の著書のほか、母親の令子さんが書いた「さとしわかるか」(朝日新聞出版)、前妻や新聞記者が書いた単行本など多数が出版されている。福島さんを主人公とするテレビドラマも2回制作された。爆笑問題の番組にも登場したことがある。

 松本監督との出会いは18年、リリー・フランキーさんが車いすの障害者として主演した前作「パーフェクト・レボリューション」の上映会が東京大学駒場キャンパスで開かれた際、上映後に行われた座談会で共に登壇した時だった。松本監督は東京大学卒でお笑い芸人を目指し吉本興業に入社したものの挫折し、映画監督に転身した経歴を持つ。

 福島 <映画化の話を聞いた時、私自身が主演として出るのかなと思った。冗談です(笑い)。幼少期から大学入試のころまでの話なので、40年前の自分を演じられるわけがないですね。

 誤解を招く表現がないよう、シナリオ作りからチェックさせてほしいと私から買って出ました。最初のバージョンではかなりチェックする箇所があった。松本監督は熱心な人で、私がちょっとチェックすると、そこだけでなく前後のストーリーも含めてかなり書き直してくる。メールでやり取りするのですが、作業はどんどん膨大になっていく。結局、シナリオが完成するまで20回以上も改定しました。

 問題はタイトルで、初めは「ミスター・ヘレンケラー」だった。私は「それ嫌やなあ」と内心で思っていた。ヘレン・ケラーに失礼だと思った。ヘレンの小さいころの苦労は私なんかとは質が違う。時代背景やミッション、スケールも違う。彼女の名前を映画のタイトルにするのはおこがましい。一人の鑑賞者の立場からしても「ちょっとダサい」と思っていた(笑)。松本監督はこれが最もわかりやすいと言ってこだわっていたので、最後は任せようと思った。そうしたら、宣伝担当の方から「桜色の風が……」という案が出てきて、結局は松本監督も納得した>

医師と患者の距離

 幼児だった福島さんの目の充血に母の令子さんが気づいたところから、平穏な家族の日常に波風が立ち、物語は展開する。医師によって診断名が二転三転し、入院や手術を急ぐ医師の方針に母子は翻弄(ほんろう)される。

 インフォームドコンセント(十分な説明に基づく同意)が日本の医療現場で重要だと認識されるようになったのは1980年代後半からである。医師は侵襲(生体を傷つけること)的な検査や治療を行う前に、患者に対してその内容を説明し、判断能力のある患者から自主的に許可を得なければならない。この過程をインフォームドコンセントという。患者は医療に関する決断を下す際に、そのリスクや便益、代替の治療法について知る権利があり、選択の自由もあるとされる。

 62年生まれの福島さんが子どものころは、患者にとって医師は絶対的な権威者であり、納得できる説明がなくても、それに抵抗したり批判したりするのもはばかられる時代だった。

 当時、令子さんは毎日起きたことを詳細に日記に書いていた。後に「さとしわかるか」という単行本として出版されるが、映画では医師とのやり取りなどを記した日記の記述をかなり忠実に再現しているという。

 福島 <医師は権威があり、うまくいかなかったときは、まるで自分には責任がないかのような態度を取る。映画の中で、これ以上治療しても無駄だという意味で医師が「枯れ木に水をやるような……」と言うシーンがあります。母だけでなく、幼かった私自身にも思い当たる医師はいます。若い医師で良心的な人もいたが、失明したときの私には冷淡でした。見捨てられたような感じがした。大きいお兄さんのように付き合ってくれた主治医でした。失明することが近づいてきたころ、主治医がいないときに、別の年配の医師が眼圧を下げるために点眼をしてくれた。そうしたら、主治医はへそを曲げて冷たくなった。私の記憶にも残っている。何時間か放っておかれたことがありました。医者の本音を見た感じがした。医者同士のあつれき、看護師と医者の関係、患者の悲喜こもごもを見てきました>

 医師と患者の心理的関係は目に見えない権力構造に組み込まれている。

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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。