
ワクチンの普及で今世紀初頭には根絶すると予想されていたポリオウイルスが英国・米国を含めた世界で流行し始めていることを1カ月前のコラム「ポリオ 米国や英国も『発生国』に いずれ日本も」で紹介しました。今回取り上げたいのは、やはりかつてはポリオと同様、近いうちに根絶できると言われていた麻疹(はしか)です。麻疹についてはこれまでも、成人が感染すると重症化すること(「本当に『大丈夫』? 渡航前ワクチンの選び方」)▽感染数年後に亜急性硬化性全脳炎(SSPE)と呼ばれる重度の神経疾患を発症しうること(「SSPE 恐ろしい『はしかのような』病から学ぶこと」)▽ワクチンに関する論文捏造(ねつぞう)事件があったこと(「麻疹感染者を増加させた『捏造論文』の罪」)――などについて述べてきました。今回は、新型コロナウイルスの影響で世界の麻疹感染が急増していることを紹介し、今後の対策についての私見を述べたいと思います。
2022年11月23日、世界保健機関(WHO)と米疾病対策センター(CDC)は「世界で4000万人の子どもが、増大しつつある麻疹の脅威に対し、感染しうる危険な状態にある」と、共同で発表しました。「感染しうる状態」というのはつまり「2回のワクチン接種を受け終えていない状態」のことです。WHOとCDCは他の要因も考慮して「麻疹は、世界のすべての地域で差し迫った脅威だ」と指摘しました。
昨年は増えた、世界の麻疹患者数
世界の麻疹の感染者数はおしなべて言えば過去20年間で減少していたのですが(ただし後述するように日本ではそうとも言い切れません)、昨年(21年)は一昨年に比べて増えました。WHOとCDCの報告によると、20年の世界の麻疹の感染者は750万人、死亡者は6万700人だったのに対して、21年にはそれぞれ900万人、12万8000人へと急増しました。特に、死亡者数が2倍以上に増加している点は見逃せません。
では、それまで減少傾向にあった、この古くから存在する感染症が再び増加したのはなぜなのでしょう。それは「(親が子どもたちに)ワクチン接種を受けさせなくなったから」です。その最大…
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谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。