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“冬の時代”のとば口に立つ漢方~昨年の私的三大ニュース~

津田篤太郎・聖路加国際病院 Immuno-Rheumatology Center 臨床教育アドバイザー
コロナワクチンを接種する乳児=東京都港区の総合母子保健センター愛育病院で2022年10月25日、前田梨里子撮影
コロナワクチンを接種する乳児=東京都港区の総合母子保健センター愛育病院で2022年10月25日、前田梨里子撮影

 2023年、年が明けました。皆さんは昨年一年をどのように振り返っておられるでしょうか?

 私自身にとっては年々厳しくなる環境をひしひしと感じる一年でした。おそらく今年もその傾向は強まっていくとしても和らぐことはないだろうと予感します。

 22年の3大ニュースを挙げてみると、第一に新型コロナウイルスの流行です。もう20年からずっと同じことの繰り返しのような気がしますが、患者数の統計を見ればパンデミックの波が押し寄せるごとに波の高さが大きくなっているのがわかります。

 昨年からはオミクロン株の系統となり、以前より軽症化しているように言われていますが、感染力は非常に強く、重症患者数の割合は減っても死者の数は結局増えてしまっています。ワクチンもオミクロン株対応のものに切り替えられていますが、現在米国で急激に流行が拡大している「XBB1.5株」には無効とされています。変異株との応酬はこの先も際限なく続いてゆく模様です。

 抗ウイルス薬は、供給量が限られていたり、持病の薬と相性が悪くて使用できなかったりするケースがかなりの頻度に上ることもあり、投与のハードルが高く、インフルエンザ薬のように濃厚接触者への予防的な投与はかなり難しい状況です。

 そこで、抗ウイルス薬を処方できない場合は解熱剤やせき止めなど症状を緩和する薬でしのいだり、風邪症状がでたら早めに漢方薬を服用したりする人が非常に多くなっているようです。その結果、これらの薬が在庫払底するという異常な事態になっています。

 もともと、製薬企業のうち、特許期間が切れた「新薬」と同じ成分で作る後発医薬品を廉価で販売するメーカーが不祥事を起こし、欠品が相次いで供給力が下がっていた(第16回の連載でもとりあげました)ところへパンデミックが起こりました。非常に短いスパンで需要が高まると、もはや打つ手なしの状況になります。

 このような事態を避けるためには、品質が保証された薬を大増産できる体制を整えるか、それが無理なら、強く行動制限をかけて感染拡大を抑え込んで時間を稼ぎ、問題の解決を図るといった戦略が取られるべきでしたが、ただ成り行きのままに“ウィズコロナ”に突入しているように思います。

 コロナ流行前に、私は来たるべきパンデミックの際は抗ウイルス薬が手に入らなくなり、漢方薬で治療せざるをえなくなる、と予想はしていました。ただ、まさか漢方薬まで入手困難になるとは読み切れていませんでした。

 近ごろは後遺症治療の選択肢として漢方にも注目が集まっています。湯水のごとく資金が注入されるワクチンや抗ウイルス薬の開発に比べ、漢方薬の薬価は非常に低い水準に据え置かれたままです。

 円安や世界的なインフレの影響などで輸入の生薬の価格も上がっていく見込みですから、漢方薬メーカーはますます厳しい状況となり、大増産など望むべくもないかもしれません。

万人の権利だった「健康な生活」がゼイタク品になる

 年末に、漢方の苦境を如実に示すニュースを耳にしました。私が漢方を勉強した北里大学の東洋医学総合研究所が改組され、今後は総合診療部の一部門に縮小され…

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聖路加国際病院 Immuno-Rheumatology Center 臨床教育アドバイザー

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院を経てNTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。現在、聖路加国際病院 Immuno-Rheumatology Center 臨床教育アドバイザー。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。