
障害者を集めてビニールハウスの貸農園などで働いてもらい、その障害者をある企業が雇用した形にして、その企業から多額の代金を得るビジネスが全国に広がっている。障害者は企業と雇用契約を結び、賃金も企業から得ているが、実態としては雇用請負業者の管理の下で働いている。
企業で働く障害者は年々増えており、就労を軸にした障害者施策の成果と言われてきたが、その陰で制度のすき間を利用した巧妙なビジネスがはびこっている。何のための障害者雇用なのか、理念が揺らいでいる。
産廃処理場の跡地で
千葉県内の山間部にあるビニールハウスを訪れたのは8年前のことだ。もとは産業廃棄物処理場だったという場所に大きなビニールハウスが何棟も建ち並んでいる。中をのぞいたが、作業をしている障害者はあまりいなかった。指導員とおぼしき高齢の男性が所在なげに椅子に座っていた。案内してくれた地元の福祉関係者によると、雇用請負業者が近くの農家をパートで雇い、野菜栽培について教えてもらっているのだという。
広い敷地内を歩くと、プレハブの事務所や簡易トイレが建っていた。ダムか道路の建設現場のようだ。近くで若い障害者が座り込んでふざけ合っている。
働く場のない知的障害者の雇用を進めるための新しい事業を行うとの触れ込みで、ある業者が地元の社会福祉法人に協力を求めてきたのは、その数年前。ビニールハウスでの野菜栽培なら知的な障害のある人にもできる仕事だと思い、同法人理事長は請われるまま顧問に就任した。
有名な大企業数社と雇用請負の契約をしているのにまず驚かされた。ビニールハウスごとに大企業の名前が付いており、集めてきた障害者はその大企業の社員として働いている。実際のところ、障害者にはあまり仕事がなく、ぶらぶら敷地内で過ごしていることが多かった。収穫した野菜は障害者が持ち帰ったりしていた。それでも障害者は社員として毎月10万円以上の賃金をもらっている。
どうしてこのようなことが成り立つのかといえば、障害者雇用の制度にその理由がある。
代行ビジネスの仕組み
一定規模の企業は全従業員数の2・3%にあたる障害者を雇用しなければいけないことが法律で義務付けられている。この法定雇用率は障害者雇用が伸びるに従って引き上げられており、大企業の多い都市部のハローワークではずいぶん前から障害者の求職者票が払底している状況が続いている。
企業で働くことができそうな身体障害の求職者はどれだけ探しても見つからず、最近は知的障害や精神障害の求職者も見当たらないというのだ。
雇用率が達成できない企業は、ペナルティーとして不足分1人あたり月5万円を国に納付しなければならない。それで義務を免除されたことにはならず、ハローワークから厳しい指導を受ける。改善されない場合は企業名を公表されることもある。
企業にとって雇用率未達成は社会的な信頼やイメージに傷をつけることになるため、必死になって障害者雇用に努めてきた。その結果、企業等で働く障害者は年々増えており、60万人を超えるまでになった。
それでも障害者を雇用できない、雇用する意欲のない企業は多数ある。そこに目を付けたのが雇用代行ビジネスだ。
就労を希望する障害者を特別支援学校や福祉施設などから募集し、雇用率が未達成の企業へ紹介する。地価の安い場所にビニールハウスを建て、地元の農家などからパート職員を集めて野菜づくりの指導をしてもらう。代行業者は企業から障害者や指導役のパート職員の紹介料、ビニールハウスの使用料などを得る。
企業は紹介された障害者と雇用契約を結び、自社の社員として雇用率にカウントする。代行業者への紹介料やビニールハウス使用料を払わなければならないが、慣れない障害者雇用に割く時間とコストを考えれば、代行業者に丸投げした方がいいと考えるのだろう。金で雇用率を買っているようなものだ。
車いすの障害者の場合はオフィス内のバリアフリーなど設備や環境を整えればいいが、知的障害や精神障害の人の場合は雇用した後もきめ細かい配慮が求められる。彼らができる仕事をオフィス内で切り出すのも骨が折れると思われている。
「被害者」がいない
千葉県の山間部のビニールハウスを運営する代行業者の顧問になった社会福祉法人の理事長は、しばらくして顧問を辞めた。
障害者の自立のための就労というのは名ばかりで、制度のすき間をうまく突いて困っている企業から多額の紹介料や使用料を取っているビジネスに加担するのが嫌だったからだという。当時はプレハブに冷房設備もなく、真夏は過酷な職場環境になる。虐待と疑われてもおかしくないところに危うさを感じたからでもある。
知的障害者の中にはコミュニケーションがうまく取れない人がいる。嫌な場合でもそれを伝えられない人には慎重な配慮が支援する側に求められる。福祉の現場で働いてきた職員であれば自然とそうした感覚が身についてくるものだが、工事現場の簡易施設のような現場には障害特性に対する配慮が感じられなかった。
これが障害者雇用と言えるの…
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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。
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