医療情報を発信する医療者たち フォロー

ヤンデル先生が語る、“ニセ医学”たたきの、その先にあるもの

西田佐保子・毎日新聞 医療プレミア編集部
「これからの『正義』の話をしよう」の著者、マイケル・サンデル教授をもじってアカウント名を「病理医ヤンデル」にしたという市原真医師=テレビ番組「水曜どうでしょう」のディレクター2人とのイベントで(本人提供)
「これからの『正義』の話をしよう」の著者、マイケル・サンデル教授をもじってアカウント名を「病理医ヤンデル」にしたという市原真医師=テレビ番組「水曜どうでしょう」のディレクター2人とのイベントで(本人提供)

 コロナ禍において、医療情報を発信する医療従事者への関心がこれまで以上に高まっている。ツイッター、インスタグラムなどのネット交流サービス(SNS)や、YouTube、TikTok(ティックトック)などの動画投稿サイト、さらには有志が集まって立ち上げたウェブサイトで、激務の合間を縫って情報発信を行う動機や目的は何か――。「連載『医療情報を発信する医療者たち』で、まず取り上げるべきはこの人!」と即断して取材を申し込んだのは、ツイッター歴11年でフォロワー15万人を誇る「病理医ヤンデル(@Dr_yandel)」こと病理医の市原真(しん)さん(44)だ。【聞き手・西田佐保子】

 札幌市内の病院で病理医として勤務する傍ら、書籍、雑誌、ブログ、ウェブメディアでの執筆活動やさまざまなイベントへの登壇、また一般の人たちに医療情報をやさしく(優しく、易しく)伝えることを目的に医師4人が集まった「SNS医療のカタチ」(https://snsiryou.com/)のメンバーとしても活動している市原さん。その手腕が買われ、医学系学会で広報の役割も担う今、医療者による医療情報発信の未来像について聞いた。

「ニセ医療を否定する」ことの限界

 ――「病理医について知ってほしい」との思いで、2011年4月にツイッターアカウントを開設し、当初は医学的なエビデンス(科学的根拠)の乏しい「ニセ医学」をたたくツイートも多かったそうですね。今の投稿からは想像がつきません。

 ◆10年の秋ごろに「ツイッターをやろう」と思い立ちました。ツイッターにはエゴサ(エゴサーチ)という文化がありますよね。検索したところ、「病理医」を名乗る人で、適切ではないツイートをしている人が目に入ってきて、「この世界をちゃんと発信している人はいないのなら自分がやろう」と方向性を固めました。

 11年3月、アカウントを取得しようとしたタイミングで起きたのが東日本大震災です。その後、病理医を名乗り、「セシウムが心筋に蓄積する」といった科学的根拠のない情報を毎日投稿するアカウントが出てきました。「そのアカウントよりもフォロワーを増やそう」と、準備のために開設時期を遅らせて、4月にツイッターを始めます。

 この段階ですでに、「あの病理医よりも有名になってやる」という思いが隠れモチベーションになっているんですよ。そのためにどうすべきかを考えた上で、テレビなどに出演して、非科学的な発言をする医療者やジャーナリストを揶揄(やゆ)する投稿をしました。

 14年になると、病理医を主人公にしたマンガ「フラジャイル 病理医岸京一郎の所見」(講談社、原作=草水敏/作画=恵三朗 )の連載が始まって人気になり、「(病理医の存在は)これで有名になるから、もういいな。よし、スタンスを変えよう。攻撃性を抑えよう」と思った記憶があります。

 ――方向性を変えた理由は何でしょうか。「患者よ、がんと闘うな」などセンセーショナルな内容の本を出版された医師の故近藤誠さんについて、「がん放置療法を否定した書籍の発行部数すべて合わせても、近藤さんのベストセラーにはかなわない」と市原さんご自身の著書で言及されていたことと関係がありますか。

 ◆ニセ医療を批判することに意味はあるけれど、“たたいて”も勝てません。例えば、近藤さんの主張を非難する書籍が出版されるたびに、近藤さんの本が再びベストセラーにランクインする。バトルした相手を有名にしてしまう「炎上商法」が繰り返し起こってきました。

 そもそも、ニセ医療を否定するのは、発信が相手の主義主張を手助けしているだけでは? いや、そもそも“相手”という考え方が間違っているのでは? 近藤さんをたたくイコールそこにすがってつらい思いをしてきた患者さんを責めていることにならないのか? その人たちに配慮せず攻撃して、気持ちがいいのは自分だけでは? 

 そのような疑問が、SNSでの経験を重ねるとともに蓄積されていきました。

 ――現在は、独特の文体でつづる日常の出来事やダジャレをはさみつつ、さまざまなジャンルの良記事や医療情報を「リツイート」を使って広げる “推し”の広報活動にシフトされています。

 ◆そうですね。例えば、SNSには「多くの患者さんのためになる情報を伝えたい」という医療者がいて、わかりやすい医療情報を欲している患者さんがいる。「志の高い多くの医療者の思いをつなげたい」という気持ちが僕にはあります。「SNS医療のカタチ」に途中から参加したのも、3人の活動を支援したかったからです。

 「自分の親戚が新聞に取り上げられた」というだけで、その記事を読もうという気になりますよね。同じように、「自分が知っている人から流れてきた情報は信頼感が増しませんか?」と友人に言われて気が付いたことがあります。

 交流のあるNHKの藤松翔太郎ディレクターが口にした「SNSって空気を作るものじゃないですか」という言葉も印象に残っていて、「情報発信にこだわるのではなく、“空気の組成の一員”になるという感覚は大事だな」と。

 自分の言葉で発信すると承認欲求は満たされるかもしれません。でもリツイートという行為により、「この人の発言は素晴らしい」という空気を作っていくことで、多くの人たちが適切な医療情報を受信するきっかけ作りができたらうれしい。今はそんなふうに考えています。

コロナ禍で発言する医療者はなぜ嫌われるのか

 ――「去年から今年にかけて、強い言葉を選んで発信する医療者の数がとても増えてきた。コロナが沈静化した後、医療者に対する風当たりが一気に強くなるのではないか」といった内容のツイートを21年2月25日にされていました。実際、コロナ禍当初の「医療者に感謝」という流れから一転、批判が高まっています。

 主張の違いで医療者同士、さらには医療者と非医療者が“たたき合う”姿も多く見られるようになり、時に“医クラ”(医療クラスターの略、SNSで発信する医療者を指す)と、ひとくくりに非難されることもあります。

 ◆まず、コロナが流行する前の19年に、医療者による医療情報発信がどのような状態だ…

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毎日新聞 医療プレミア編集部

にしだ・さほこ 1974年東京生まれ。 2014年11月、デジタルメディア局に配属。20年12月より現職。興味のあるテーマ:認知症、予防医療、ターミナルケア。