
認知症があり、グループホームに入居することになった元米農家の男性。入居して少したった頃、食事の時に、ご飯にみそ汁などの汁物をかける「ねこまんま」にして食べるようになりました。他の入居者の中には、「ねこまんまは行儀が悪い」と考える人もいて、トラブルになりかけてしまいました。施設のスタッフが男性に理由を尋ねても、「この方がいいから」としか答えてくれません。しかし、丁寧に背景を探っていくと、「この方がいい」の一言にはいくつかの思いが込められていました。認知症ケアアドバイザーのペホスさんが伝えます。
米農家として家族を養ってきたTさん
Tさん(88歳・男性)は祖父の代から続く農家に生まれ、子どもの頃は田んぼの周りで遊んだり、少し大きくなってからは、田植えや収穫の時期に祖父や父の仕事を手伝ったりしてきました。
地域柄としても農家が多かったので、Tさんにとっては、高校卒業後に農家になることは自然な流れでした。そして、25歳の時に親戚のおじの紹介でお見合い結婚をしました。
結婚した当時のことを妻に尋ねると、「自分の実家は農家ではなかったので、農家の暮らしに慣れるように、夫はいろいろと気配りをしてくれた」と話し、優しく寄り添ってくれたことを目を細めながら振り返っていました。
腰を痛めて農家を「引退」
Tさん夫妻には2人の息子さんがいます。2人は「両親は本当に仲が良かったです。家でも田んぼでも四六時中、一緒にいるからですかね」と誇らしげに話していました。
そんなTさんも75歳を過ぎた頃に腰を痛め、だましだまし仕事を続けてきましたが、いよいよ腰椎(ようつい)のヘルニアの手術をすることになりました。その入院をきっかけに仕事はできなくなり、息子さんや知り合いの農家に任せる形で、ほぼ引退する格好となりました。
農家一筋で趣味らしい趣味ももっていなかったTさんは、家で過ごす時間が増えましたが、やることもなく時間を持て余していました。
寄る年波には勝てず……
それから時間がたち、80歳の誕生日が過ぎたあたりから日付が曖昧になり、食事を食べたのに「ご飯はまだか」と言うことが続きました。心配になった家族が病院に連れて行くと、アルツハイマー型認知症との診断が下されました。
その後、妻が末期の胃がんであることが判明し、1年もたたずに亡くなりました。Tさんにはそのショックも大きかったようで、うつ傾向になってしまい、…
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認知症ケアアドバイザー
ペ・ホス(裵鎬洙) 1973年生まれ、兵庫県在住。大学卒業後、訪問入浴サービスを手がける民間会社に入社。その後、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、訪問看護、訪問リハビリ、通所リハビリ、訪問介護、介護老人保健施設などで相談業務に従事。コミュニケーショントレーニングネットワーク(CTN)にて、コーチングやコミュニケーションの各種トレーニングに参加し、かかわる人の内面の「あり方」が、“人”や“場”に与える影響の大きさを実感。それらの経験を元に現在、「認知症ケアアドバイザー」「メンタルコーチ」「研修講師」として、介護に携わるさまざまな立場の人に、知識や技術だけでなく「あり方」の大切さの発見を促す研修やコーチングセッションを提供している。著書に「理由を探る認知症ケア 関わり方が180度変わる本」。介護福祉士、介護支援専門員、主任介護支援専門員。ミカタプラス代表。→→→個別の相談をご希望の方はこちら。