「運命は自分で切り開くものです」と話す故日野原重明さん=東京都中央区の聖路加国際病院旧館内チャペルで2014年8月4日、竹内紀臣撮影
「運命は自分で切り開くものです」と話す故日野原重明さん=東京都中央区の聖路加国際病院旧館内チャペルで2014年8月4日、竹内紀臣撮影

 「君子豹変(ひょうへん)す」という言葉があります。

 立派な人物は鮮やかなヒョウ柄のように考え方をガラリと変える、という意味です。最近では政治家の変節ぶりを皮肉る表現として使われることが多いですが、もともとは、度量の大きい人ほど自説に固執せず、他人の意見が正しいと思ったら大胆に取り入れる、というようなポジティブな意味合いだったようです。

 「易経」という中国の古典に由来するこの言葉には続きがあって、「小人は面(おもて)を革(あらた)む」、すなわち度量の小さい人間は表面的な部分だけを変えて、中身は全く改まらない、といいます。

 インターネット上では、首尾一貫した主張を押し通して異論を言い負かすことを「論破」と称して、まるで勝者のような扱いを受けています。しかし、「易経」の考え方からすると、「論破」された方こそ「君子」であり、「論破」されないことを誇るような人間は「小人物」にすぎないということになります。

 たしかに、「論破」にこだわる人ほど、負けそうになると問題をすり替えたり、なんとか言いつくろって矛盾が無いように見せかけたりして、「変わらない」「改めない」ことが多いように思います。

 私が師と仰ぐドクターたちも、時としてあっと驚くほど言動を変えます。医学生のころ、聖路加国際病院のホスピス病棟で見学をする機会があり、幸いにもあの高名な故日野原重明先生の謦咳(けいがい)に接しました。

 先生は丁寧に患者さんの回診をされた後、「人は生きているだけで素晴らしい」「どんな死も尊厳に満ちたものだ」とおっしゃいました。私はその言葉と態度に深い感銘を受けましたが、病棟で長くボランティアをされていた方から、意外なお話を伺いました。

 数年前まで先生は回診の際「人間、死に際が肝心である」「患者さんが美しい最期の時間の過ごせるよう支援していきましょう!」というようなことをおっしゃっていたのだそうです。

 日野原先生としては、多くの患者さんを死の苦しみから救いたい一心で、海外から終末期の症状緩和を専門とする「ホスピス」の概念を日本に紹介し、実際に自らホスピス病棟を設立されたのでしょう。しかし、…

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新潟医療福祉大学 リハビリテーション学部 鍼灸健康学科教授

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科を経て、2023年4月より、新潟医療福祉大学リハビリテーション学部鍼灸健康学科教授。聖路加国際病院 Immuno-Rheumatology Center 臨床教育アドバイザー 。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。