
今回は覚醒剤の話をします。依存症を起こす物質として過去4回にわたって取り上げてきた薬物は、風邪薬/せき止め、ブロムワレリル尿素、鎮痛薬(NSAIDs/アセトアミノフェン)、ベンゾジアゼピン受容体作動薬でした。これらは非合法に入手している人もいますが、基本的には医師から処方される、もしくは薬局で購入する薬剤です。これに対し、覚醒剤は初めから違法であることを承知の上で摂取する薬物です。摂取の際にはさらに「覚醒剤には依存性がある」こと、「使ってしまえば、ときに人生が破滅するかもしれない」ことも多少は理解しているでしょう。厳密に言えば、仲間の圧力に逆らえずに吸引したり、無理やり注射をされたり、あるいは性交渉のときに(コンドームに塗布するなどして)相手に意図的に摂取させられたり、といったケースもそれなりにあり、これらは不可抗力と呼べるかもしれませんが、それでもそのうちに自らが求めるようになるケースが多いのです。では、そんな危険な薬物をなぜ欲するようになるのでしょうか。また、覚醒剤は他の違法薬物に比べて日本人が好む傾向にあるのはなぜなのでしょうか。そして、覚醒剤依存症になってしまったときに有効な治療法はあるのでしょうか。
薬物依存症の中で最も治療が困難
日本で医師をしている私の経験でいえば、依存性のある薬物のなかではこの覚醒剤依存症の治療が最も難渋します。
一方、以前にタイのある医師と話をしたとき、その医師は「麻薬(オピオイド)が一番困難だ」と言っていました。また、現在米国で最も深刻な違法薬物も麻薬で、米疾病対策センター(CDC)によると、なんと年間10万人以上が麻薬で死亡しています
では、なぜ日本では麻薬依存症よりも覚醒剤依存症の方が多いのでしょうか。その最大の理由は、単に日本では麻薬が入手しにくく覚醒剤が手に入りやすいからです。その逆に米国では麻薬が簡単に手に入れられます(これについては次回述べます)。
なぜ日本ではそんなに覚醒剤が入手しやすいのでしょうか。それはおそらく日本の“歴史”と関係があります。元々日本では覚醒剤は「合法」だったのです。かつて「ヒロポン」という名前で覚醒剤が薬局で販売されていた時代がありました。終戦間近の神風特攻隊では出撃の前に覚醒剤を使用していたと言われています。
漫画「サザエさん」の作者長谷川町子氏が1949年に描いた別の漫画には、小さな子ど…
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谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。