
虫歯や歯周病が悪化して歯肉が腫れた時や、抜歯やインプラントの手術後などに歯科医院から抗生物質(抗菌薬)を処方された方は少なくないと思います。実はその抗菌薬が不必要に、または不適切に処方されたり、誤って服用したりすることによって、命を脅かしかねない事態を招くことがあります。これは薬剤耐性(AMR=antimicrobial resistance)によるものです。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行(パンデミック)でAMRは影を潜めていますが、次なるパンデミックとして深刻な問題となっていることをご存じでしょうか。日本歯科大学付属病院副院長の松野智宣(とものり)口腔(こうくう)外科教授が解説します。
抗菌薬と耐性菌のいたちごっこ
世界初の抗菌薬であるペニシリンは、1928年にイギリス人医師のアレクサンダー・フレミング博士によって発見されました。42年にはさまざまな種類のペニシリンの混成物から、最も優れた「ペニシリンG」の分離に成功し、翌年に市販されました。
これにより、感染症による死亡者数は激減しましたが、ペニシリンの使用量が増えるとともに、ペニシリンを無毒化する酵素「ペニシリナーゼ」を産生するペニシリン耐性菌が現れました。60年にこの耐性菌に有効な「メチシリン」が開発されましたが、翌年には「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」が出現し、67年にはペニシリン耐性肺炎球菌も出てきました。
72年にMRSAに効果的な抗菌薬「バンコマイシン」が販売されましたが、70年代後半以降、世界各地でMRSAの院内感染が増え、日本でも80年代後半に医療現場で深刻な問題となりました。
一方、80年代以降は新たな抗菌薬の開発が急激に減ったため、薬剤耐性菌の出現に抗菌薬が追いつけない状態になりました。薬剤耐性菌の院内感染、さらには市中感染が世界中に広がり、死亡者が増加の一途をたどるようになったのです。
これは、新型コロナウイルスがアルファ株→デルタ株→オミクロン株へと変異していったのと似ているようですが、薬剤耐性菌は…
この記事は有料記事です。
残り1982文字(全文2854文字)