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ウィリスさんが発症した「前頭側頭型認知症」 家族をも苦しめる深刻な症状とは

工藤千秋・くどうちあき脳神経外科クリニック院長
米俳優ブルース・ウィリスさん=ニューヨークで2019年10月、AP共同
米俳優ブルース・ウィリスさん=ニューヨークで2019年10月、AP共同

 先月、大ヒット映画「ダイ・ハード」「アルマゲドン」などで主演した俳優のブルース・ウィリスさんが「前頭側頭型認知症」との診断を受けたと家族が公表し、大きな話題となりました。ウィリスさんはまだ60代後半であるうえに、聞き慣れない病名に驚いた人も少なくなかったのではないでしょうか。同じ認知症でも全体の7割近くを占めるアルツハイマー病と違い、わずか1%程度しか患者がいません。その病態は一般にはあまり知られていませんが、実は患者の家族に大変な苦労をもたらす病気でもあるのです。これを機に、この前頭側頭型認知症について、みなさんに知っていただきたいと思います。

「彫刻刀?」「果物を切るやつですね」

 まずは、私が受け持ったある患者さんのケースをご紹介します。

 その患者さんは、東京都内で雑貨店を営む54歳の男性でした。お客さんとの間でおかしなやりとりを繰り返しているということで、若年性認知症ではないかと家族が心配になり、2年ほど前、私のクリニックにやって来たのです。

 磁気共鳴画像化装置(MRI)で男性の脳を調べたのですが、特に問題は見つかりませんでした。記憶にとって大事な役割を担う海馬にも、アルツハイマー病に特徴的な萎縮はみられません。質問をして簡易的に調べるテストをしてみたのですが、認知症を疑う所見はありませんでした。

 ただ、男性はお客さんとの会話の中で、とんちんかんな受け答えをしていました。

 たとえば、彫刻刀を買いに来たと言うお客さんに対し、「彫刻刀って何ですか?」「あ、果物を切るやつですね」「よく切れるんですよね」と勝手にべらべらしゃべり出す。

 他にも、服をかける格好のいいハンガーを買いに来たというお客さんに、「ハンガーって山の上にあって、とても目立つ、キラキラと光るものですよね」などと受け答えをする。

 このように、お客さんの質問に対し、男性はとんちんかんなことを流ちょうに、問題などないかのようにしゃべっていました。投げかけられたお客さんの言葉を復唱こそできるものの、その意味をまるで理解できていませんでした。男性から出る文章も文法的におかしく、意味からして主語と述語がつながらなかったのです。

 それから2年がたち、…

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くどうちあき脳神経外科クリニック院長

くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)、「脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング」(サンマーク出版)など。