
「今どきの若いものは……」。上司や先輩にとって若い社員はいつの時代も未熟で非常識、不可解な存在だ。そんな若手も仕事や人間関係にもまれていくうちに知識やスキルが身に付き、組織の文化に染まっていく、
ところが、社会人としての立ち居振る舞いができるようになる前に辞めてしまう、というのが近年の傾向だ。入社3年以内に大卒の約3割、高卒の約4割が退職している。「Z世代」とも呼ばれる彼らの本質を理解しないと、その流れは止められないだろう。
大卒3割が3年以内に離職
「今の20代の社員はみんな転職サイトに登録しているんです」と苦笑するのは東京に本社のある大企業の人事担当者である。「就活に苦労して入社したはずなのに、会社に愛着がない。もっと良い条件の転職先が見つかればさっさと辞めていきます」
同じような話は他の民間企業や中央省庁の幹部職員からも聞く。
厚生労働省が毎年発表している「新規学卒就職者の離職状況」によると、入社して3年以内に退職する人は大卒で約3割、高卒で約4割という状況がこの20年ずっと続いている。早期退職が多い業界の上位には宿泊・飲食サービス、生活関連サービス・娯楽、教育・学習支援、医療・福祉、小売りなどが名を連ねる。
賃金に不満、労働時間が長すぎる、プライベートな時間が持てない、職場内の人間関係がうまくいかない、会社の社風が合わない、将来性に希望が持てないなど理由はさまざまだ。
難関校を卒業してコンサル会社に入った男性は「給料水準は高くて満足しているが、深夜まで残業があり、休日にも仕事が入る。もっとプライベートな時間を大事にしたい」と区役所などの転職先を探している。
「働かない中高年社員が威張って社内で優遇されているのを見るとイライラする。そのツケが自分たち若い社員に回るのはがまんできない」。別の企業で働く20代の男性は語る。
中高年の社員も若いころに同じような経験をした人が多いのではないだろうか。みんな苦労しながら仕事を覚えてきたのだ。まだ入社して間もない社員が文句を言うなんて10年早い。そう思っているベテラン社員は多いはずだ。
どの企業も新規採用には多額の経費と時間をかけている。入社後の研修にも手間がかかる。それなのに3年以内で3~4割も辞めていかれたのでは、経営する側はたまらない。今の若者は辛抱が足りない……とぼやきたくなる気持ちはわかる。社内のコミュニケーションの活性化を図ったり、定着のための研修を充実させたりと必死だが、どれだけ期待できるだろうか。今の若者が抱いている価値観やその背景を知らなければ早期離職は止められない。
価値観の押しつけ嫌う「Z世代」
生まれたときからパソコンやスマホがあり、高速インターネットが整備された環境で育ってきた。そのため、友人とのコミュニケーションや買い物、勉強などあらゆるものがネット中心で、複数のアカウントを持ってSNSも使いこなす。デジタルネーティブの若者たちは「Z世代」と呼ばれる。
1990年代中ごろから2010年代前半に生まれ、現在は中学生から20代後半の若者たちだ。Y世代(ミレニアル世代)に続くことから米国など各国で「Z」の名を付けて呼ばれるようになったという。
ネットを使いこなして生活しているというだけではない。社会的格差が大きくなり低賃金の非正規雇用が多い時代に生きているせいか、経済的には保守的なのも特徴だ。堅実な金銭感覚で見えを張ることはせず、コストパフォーマンス重視で、家や車などの所有欲があまりなく、シェアを選ぶ傾向が強い。一方、音楽や動画の配信、飲食など自分の気に入ったものには出費を惜しまないという。
多様性を大事だと思う傾向が強く、性別や国籍、人種など多様な個性を持った人々との共生を尊重し、特定の価値観を押しつけられるのを嫌がる。LGBTQなど性的少数者の話題が社会をにぎわせ、身近なところでも外国人や障害者、難病患者らが目に入ることが多くなったせいかもしれない。
つながっていることを大事に思い強く自己主張をしないこと…
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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。
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