
新年度から大学の教員となり、自分と親子ほども年の違う学生さんと日常的に接するようになりました。東洋医学の難しい話をどうやったら興味を持ってきいてもらえるか、と頭を悩ます一方で、学生さんは大学にどういったことを期待しているのか、自分の人生や将来についてどうとらえているのか、も非常に気になっています。
最近の学生さんはとても真面目で、授業をサボり倒して気ままに過ごしていた私の学生時代とは大違いです。しかし、自発的に授業に関わっているかというとやや疑問符が付きます。一昔前に比べると、大学は厳しく出欠をとるようになりました。こうした管理体制は学生だけでなく教員側にも及んでおり、研究や授業の質の向上を常に要求されるようになってきています。
一見良いことのように見えますが、研究の分野によっては結果が出るまで長い時間を要するものもありますし、大学の経営にメリットをもたらさず、むしろ経済的に多大な負担がかかるものもあります。そうした分野の研究者は自分たちの存在意義をアピールするために非常な努力を強いられている実情があります。
そもそも、少子化が進行している今日、大学自体の存在意義が問われるようになってきています。このような状況のもと、入学してきた学生さんには、学生時代の私が感じていなかったような息苦しさや不安がのしかかっているのかもしれません。
教員の私としては、学生さんにはいろいろなことに興味を持ち、のびのびと自由に学んでいってほしいと思っていますが、何とかして「生きる術」も教えていかないと、学生さんの不安解消につながらないでしょう。教壇からどんなメッセージを発するべきか、と考えていたところ、「銀河鉄道の父」(2023年)という映画を見る機会がありました。
「雨ニモ負ケズ」の詩で知られる宮沢賢治(1896~1933)は生前、無名の文学青年であり若くして世を去りましたが、父・政次郎(1874~1957)と弟・清六(1904~2001)が彼の才能を理解し、惜しみなく支援を続けたおかげで、素晴らしい作品の数々が後世に残されました。
「銀河鉄道の父」では、役所広司さんが演じる政次郎が、家業も継がず奇行を繰り返す賢治(菅田将暉<まさき>さん)と激しく葛藤しながらも、彼の最大の「読者」となり支えとなって、最期をみとるまでが描かれます。
自分は本当にこれから先、世の中の役に立つ人間になれるのだろうか? 自分の生活を支える自信もないのに、どうやって世の中で生きていったらよいのか? 私には、第一次大戦後の不況下に世に出た賢治の無力感や焦燥感が、若い学生さんたちの心情とダブって見えました。
映画では賢治のジリジリとした焦りと挫折を象徴的に描いたシーンがあります。…
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新潟医療福祉大学 リハビリテーション学部 鍼灸健康学科教授
1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科を経て、2023年4月より、新潟医療福祉大学リハビリテーション学部鍼灸健康学科教授。聖路加国際病院 Immuno-Rheumatology Center 臨床教育アドバイザー 。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。
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