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死の恐怖をどう乗り超える? 先人に学ぶ人生100年時代の逝き方

西川敦子・フリーライター
生前、自ら「立川雲黒斎家元勝手居士(たてかわうんこくさいいえもとかってこじ)」という戒名をつけた故・立川談志さん=東京都台東区上野の伊豆栄本店で2006年12月、藤原亜希撮影
生前、自ら「立川雲黒斎家元勝手居士(たてかわうんこくさいいえもとかってこじ)」という戒名をつけた故・立川談志さん=東京都台東区上野の伊豆栄本店で2006年12月、藤原亜希撮影

 逃れようのない定めであり、最大の試練でもある「死」。しかし、高千穂大学人間科学部教授、小向敦子さんは「人間には本来 、死の苦しみを受け止め、乗り越える力が備わっている」と説きます。江戸時代の戯作者(げさくしゃ)、第二次世界大戦で迫害を受けた精神科医、昭和の落語家――。さまざまな先人が実践してきた、人生100年時代に知っておきたい幸福な“逝き方”とは?

医療だけでは乗り越えられない「死の四つの苦しみ」

 団塊世代が100歳を超える2045年ごろまでは「多死時代」が続く。死と隣りあわせで生きる期間が長期化するこの時代、直面するのが「いかに死と向き合うか」という問題だ。

 健康や老後資金、相続については議論されても、死そのものについてはこれまであまり触れられず、むしろタブー視されてきた。死が日常化した第二次世界大戦の反動もあるだろう。自宅死より病院死が増え、リアルな死に触れる機会が減ったことも影響しているかもしれない。

 小向さんは日本人の死生観について、次のように指摘する。

 「日本は特定の信仰をもつ人が少なく、国民の3割は自称無神論者ともいわれます。それだけにいざ体力、知力が衰えてくると、死を受け入れがたく感じる人がいるのでしょう。米国の宗教学者、カール ・ベッカー氏は、世界で一番死を恐れているのは現代日本人である、と指摘しました」

 言うまでもなく、死は人間にとって最大の試練だ。

 終末期医療では、死の苦しみは「身体」「心理」「社会」「スピリチュアル」の四つの面における苦痛「トータルペイン(全人的苦悩)」とされている。

 ①身体面:この世のものと思えない、身の置き場もない痛み/外見的魅力の喪失

 ②心理面:わかってもらえない失望/嫌われているのではという孤立感/迷惑だと思われていないかという不安

 ③社会面:仕事上で負っている責任/気がかりな経済的債務/家族、友人に対する心配

 ④スピリチュアル面:死ぬこと自体への恐怖/後悔、さんげの苦しみ/人生の意味、価値への疑惑

 たとえばがんに罹患(りかん)した場合、医療用麻薬などを用いることで、身体面の痛みはある程度しのぐことが可能になってきている。一方、心理面やスピリチュアル面の苦痛は、なかなか克服しがたい。最近は医療ソーシャルワーカーに加え、宗教的な知見をもつ臨床宗教師が緩和ケアチームに加わることもあるが、臨床宗教師の資格認定制度は2018年にスタートしたばかり。育成はまだ途上だ。

 ただ、死の恐怖に立ち向かう力はじつはあらゆる人に備わっている、と小向さんは言う。死がもたらす未経験の苦痛に対峙(たいじ)するため、私たち人間に与えられたスキル――それが「笑い」だ。

 この事実を身をもって証明してみせたのが、アウシュビッツの強制収容所から奇跡的に生還した精神医学者、ビクトール・エミール・フランクル(1905~97年)だ。彼は収容所時代、「毎日最低一つ笑い話を作ろう」と仲間たちに提案した。

 死に対して強い恐怖心や不安を抱く精神症状を「タナトフォビア(thanatophobia:死恐怖症)」と呼ぶが、フランクル医師は笑い話を考えることで、恐れや不安から意識をそらし、タナトフォビアを克服しようと考えた。実際、…

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フリーライター

にしかわ・あつこ 1967年生まれ。鎌倉市出身。上智大学外国語学部卒業。編集プロダクションなどを経て、2001年から執筆活動。雑誌、ウエブ媒体などで、働き方や人事・組織の問題、経営学などをテーマに取材を続ける。著書に「ワーキングうつ」「みんなでひとり暮らし 大人のためのシェアハウス案内」(ダイヤモンド社)など。