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エーザイのアルツハイマー病新薬「レカネマブ」の誤解 知っておくべき効果や課題

西田佐保子・毎日新聞 医療プレミア編集部
アルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」は、2週間ごとに1回、1時間かけて、点滴で抗体を血液中に投与する=写真提供:エーザイ
アルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」は、2週間ごとに1回、1時間かけて、点滴で抗体を血液中に投与する=写真提供:エーザイ

 エーザイが主体となって米製薬会社のバイオジェンと共同開発したアルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」(製品名:レケンビ)は、先月21日、厚生労働省の専門部会により承認を了承された。アメリカに続き、日本でも年内に実用化される見通しだ。アルツハイマー病の発症原因の一つと考えられる物質に作用して症状の進行を抑制する国内で初の「疾患修飾薬」だが、「認知症の人がすぐに、誰でもどこでも投与できる」タイプの薬ではない。また、公定価格(薬価)、医療体制の構築など、導入までにさまざまな課題がある。レカネマブに何を、どの程度、期待できるのか――。東京大の教授で日本認知症学会理事長の岩坪威さん(63)に詳しく聞いた。【西田佐保子】

12年ぶりとなる日本でのアルツハイマー病治療薬の承認

 日本では、2025年に65歳以上の高齢者の5人に1人にあたる約700万人が認知症になると推計されている。その6割を占めるのがアルツハイマー病だ。

 ドイツの精神医学者、アロイス・アルツハイマーによりアルツハイマー病が報告されたのは1906年。

 原因はいまだ解明されていないが、発症の約20年前から脳に異常なたんぱく質「アミロイドβ(以下、Aβ)」がたまり始め、およそ10年前からリン酸化したタウたんぱく質(以下、タウ)が蓄積し、神経細胞が減少。5年前ごろに記憶に関わる海馬が萎縮し、記憶力の衰えがみられるようになる。

 世界初のアルツハイマー病治療薬として発売されたのは、エーザイの「アリセプト」だ(アメリカで1997年、日本では99年)。患者の脳内で減っている神経伝達物質「アセチルコリン」を補う同薬を含め、これまで国内で承認されていた四つの治療薬は全て、症状の緩和を目的とした「症状改善薬」だった。

 今回、日本で初めての疾患修飾薬として承認されたレカネマブは、アルツハイマー病発症の引き金になるとされるAβを脳内から除去し、病気の進行抑制を狙う。2週間ごとに1回、1時間かけて、点滴で抗体を血液中に投与する。

 ただ、発症前にすでに死滅している神経細胞は元に戻らない。あくまでも、認知機能の低下を“遅らせる”という点に注意が必要だ。また、投薬対象者は、脳内にAβが蓄積した、アルツハイマー病が原因の「軽度認知障害(MCI)」と軽度の認知症の人(総称して早期アルツハイマー病患者)のみとなる。

 では実際、どの程度の効果が見込めるのだろうか――。

 レカネマブの最終治験(Clarity AD<第3相臨床試験>)では、早期アルツハイマー病患者1795人を対象にレカネマブを投与した結果、18カ月時点で、27%の悪化抑制を示した(※van Dyck CH, et al., N Engl J Med. 2023; 388(1):9-21)。エーザイによると、認知機能の低下を5.3カ月遅らせる効果があるという。

 この“27%”が、ピンとこないかもしれない。

 認知症の重症度を判定するための評価指標、CDR-SB(記憶、見当識、判断力、問題解決など6項目からなる。0~18の範囲で数値が高いほど障害が大きい)において、治験前は参加者全員のスコア平均は3.2だったが、18カ月後、レカネマブを投与したグループは平均1.21、プラセボ(偽薬)を投与したグループは平均1.66、それぞれ悪化した。その差が0.45(27%)となる。

 他にも、衣服の着脱、食事、地域活動への参加など、日常生活の動作を介護者が評価するスケール「ADCS MCI-ADL」では、悪化を37%抑制した。

 レカネマブ投薬中の副作用として特に注意が必要なのは、脳浮腫(ARIA-E)と脳微小出血(ARIA−H)などのアミロイド関連画像異常(Amyloid Related Imaging Abnormalities、ARIA)だ。最終治験での発生率は、前者は12.6%(プラセボ投与群1.7%)、後者は17.3%(同9.0%)だった。

副作用の発現率とアルツハイマー病発症リスクに関わる遺伝子

 ――レカネマブは全く新しいタイプの認知症治療薬で、誤解も多いと思います。事前に知っておくべきことは何でしょうか。

 ◆まず、対象者は、アルツハイマー病による軽度の認知症と、その前段階のMCIの人です。アルツハイマー病の認知症症状が進んだ患者さんや、レビー小体型認知症や血管性認知症など、その他の認知症の方は対象外となります。

 レカネマブは、Aβを標的にする抗体薬で、病気の進行するスピードを緩やかにします。認知症によるさまざまな症状を消す薬ではありません。

 まれではあっても、頭痛やめまい、脳浮腫や脳微小出血などの「ARIA」という副作用が出ることがあります。特に、ARIAについては、磁気共鳴画像化装置(MRI)で定期的な検査が必要です。

 治療を始める前には、専門医が問診、診察して、認知機能を測り、アルツハイマー病による認知症かどうかを診断します。

 次に、脳にAβが蓄積されているかどうかをアミロイドPET(陽電子放射断層撮影)や脳脊髄(せきずい)液検査で確認して、治療条件にあえば治療を開始します。そのため、治療をスタートするまでには一定の時間がかかります。

 その後は、ARIAが出ないか確認しながら、効果が出ているかどうかを確かめつつ、最終的にいつまで投薬を続けていくのかを見極めていきます。

 ――使用上の注意や用法・用量、効能や副作用などの情報を含む米食品医薬品局(FDA)の医療者向け「添付文書」(※PDF)では、ARIAの発現リスクが高い、四つ以上の微小出血、脳血管疾患の既往歴がある人は対象外としています。

 また、レカネマブ治療中に、抗凝固薬の併用、もしくは血栓溶解薬の投与を検討する場合は、注意が必要と明記されています。

 さらに、添付文書は7月に改訂され、ARIAについて、ほとんどが無症状だが、時に深刻で、命を脅かすケースもある、という強い警告文(Boxed warning)が追加されていました。

 アルツハイマー病患者の約60~70%が持つ遺伝子型「アポリポたんぱく質Eε(イプシロン)4(APOE4)を両親からそれぞれ受け継いだ人(ホモ接合体保持者)は、A…

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毎日新聞 医療プレミア編集部

にしだ・さほこ 1974年東京生まれ。 2014年11月、デジタルメディア局に配属。20年12月より現職。興味のあるテーマ:認知症、予防医療、ターミナルケア。