寄稿 政と官 フォロー

内閣人事局は悪の横綱

平沢勝栄・元副内閣相
平沢勝栄氏=宮本明登撮影
平沢勝栄氏=宮本明登撮影

罰則なし、だから公文書はいいかげん

 日本は、公文書に関する考え方がもともと非常におろそかだ。公文書を残すのは、その時どうやって政策を決めたのか、なんのためにその政策が行われたのか、ということを後の世代の人が検証するためだ。

 しかし、自分の官僚時代を振り返ると、とにかく今の仕事をやればいいという感覚が強く、将来の検証のために残すという考え方はほとんどなかった。

 福田康夫内閣の時に公文書管理法ができた。しかし、それまでは一言で言えば、文書はその時だけ作って破棄してしまうものという考え方だった。重要なものは「極秘」や「秘」「部外秘」として残すが、それも結局は個人レベルの判断でその場限りだった。

この記事は有料記事です。

残り1695文字(全文1992文字)

元副内閣相

1945年生まれ。68年警察庁入庁。官房長官秘書官などを経て、96年初当選。衆院外務委員長、党政調会長代理、党広報本部長などを歴任。衆院東京17区。当選8回。自民党二階派。