記者コラム 僕にとっての世界のかたち

米大統領がカナダ首相をののしる訳

    【左】米国のトランプ大統領【右】カナダのトルドー首相
    【左】米国のトランプ大統領【右】カナダのトルドー首相

     カナダ首相が先月、米国大統領に「不誠実で弱虫」とののしられた。これを聞いたとき僕はある出来事を思い出した。ちょうど45年前、現首相の父(当時の首相)も大統領から、「けつの穴野郎」と侮蔑されている。なぜ、米大統領はかくもカナダ首相に腹を立てるのだろう。

     カナダはニュースになりにくい国である。ジャーナリストにとって、カナダはやる事なす事、まとも過ぎる。そのカナダが久しぶりにニュースになった。6月8、9日、カナダ東部ケベック州で開かれた主要7カ国(G7)首脳会議だった。会議では保護貿易を巡り米国と他国の対立が鮮明になったが、首脳宣言は「保護主義と闘い続ける」ことでまとまった。

     トランプ米大統領が腹を立てたのは議長国カナダのジャスティン・トルドー首相の閉幕会見だった。米国が安全保障を理由に発動した鉄鋼・アルミニウム製品の輸入制限措置について、首相が「侮辱的だ。米大統領にカナダは振り回されない」と批判したことがトランプ大統領の憤りを買ったようだ。

     金正恩・朝鮮労働党委員長との会談に向かうため機上にあった大統領は、ツイッターに首脳宣言を承認しないと投稿し、トルドー首相を「不誠実で弱虫」と呼んだ。トルドー首相への米政府の怒りは大きく、ナバロ米通商製造業政策局長はテレビ番組で、「トランプ大統領に対して不誠実な外交を展開した。退室する大統領の背中を刺すような裏切り行為をする外国の指導者には地獄に特別な場所がある」と語っている(後に謝罪)。

    ベトナム戦争時も

     民主主義国の首脳が価値観を共有する国のリーダーを表だってこれほどばかにすることは珍しい。ただ、直接であれ間接であれ、米大統領は過去にもカナダ首相を非難している。有名なのはジョンソン大統領によるピアソン首相つるし上げだ。

     発端は1965年4月2日。米テンプル大学で行われた世界平和賞授与式でのピアソン首相による演説だった。米国はその直前、北ベトナムを爆撃していたが、首相はこれを念頭に、「タイミングを得た一時的軍事行動の休止は、外交工作を進展させる可能性がある」と、やんわりと北爆を批判した。

     翌3日、ピアソン首相はジョンソン大統領からキャンプデービッド山荘に誘われる。事の詳細は当時の駐米カナダ大使たちが明らかにしている。首相を招待したにもかかわらず、大統領は食事中、電話で急を要しない話をし続ける。これだけでも十分に失礼だが、食事が終了して、首相が前日の演説について感想を求めると、大統領は「ひどい(Awful)」と言って怒り出したという。

    【左】ジョンソン大統領=1965年撮影【右】ピアソン首相。太平洋戦争後のサンフランシスコ講和会議にはカナダの全権として出席=1951年撮影
    【左】ジョンソン大統領=1965年撮影【右】ピアソン首相。太平洋戦争後のサンフランシスコ講和会議にはカナダの全権として出席=1951年撮影

     それからの大統領の振る舞いは常軌を逸している。首相の腕をつかんでテラスに連れ出すと首相を罵倒。190センチもあるジョンソン大統領は170センチのピアソン首相のコートのえりをつかんで、もう片手を天に向けて振り上げた。こうしたつるし上げは約1時間に及んだ。今の感覚なら間違いなくパワハラである。大統領はこうも語ったとされる。「おまえは、ここ(米国)まできて、俺のカーペットに小便をしたんだ(You do not come here and piss on my rugs)」

     ピアソン首相は米国ことをよく知る政治家だった。大学卒業後、シカゴの米国企業に勤務し45年には駐米大使も務めている。そのため米国の行動をある程度予測して、批判をオブラートに包んで演説したが、大統領の怒りは首相の予想をはるかに超えたようだ。

     首相はカナダ史上最も尊敬される政治家の一人である。外相として北大西洋条約機構(NATO)加盟を推進し、56年のスエズ危機に際し緊急軍派遣を提唱。これが国連平和維持活動(PKO)創設へとつながる。ピアソンはこの功績で57年、ノーベル平和賞を受賞した。これほどの指導者を口汚く罵倒するのは、やはり異常としか言いようがない。

     そして、もう一つの「ののしり」は73年5月、当時のピエール・トルドー首相に対してである。その年の1月、ベトナム和平パリ協定が結ばれ、停戦を監視する国際機関「ベトナム国際管理監視委員会(ICCS)」が設立された。カナダは米国か ら推されてこの機関のメンバーになったが、カナダはこの機関がまともに機能しないことを理由に脱退を表明。これに怒ったニクソン大統領は、「that asshole Trudeau(あのトルドーのけつの穴野郎)」と言ったことが暴露されている。

    【左】ニクソン大統領【右】ピエール・トルドー首相=いずれも1974年撮影
    【左】ニクソン大統領【右】ピエール・トルドー首相=いずれも1974年撮影

     トルドー政権はその5カ月前、ハノイ・ハイフォン地区への再爆撃停止を求める決議を議会に提出し、全会一致で可決している。ニクソン大統領はこれに激高し、駐米カナダ大使は一時、国務省のカウンターパートとの接触を拒否されるほどだった。それにしても、「けつの穴野郎」はないだろう。

    双子か、他人か

     カナダと米国の関係は深い。20世紀の2度の世界大戦をカナダは米国と一緒に戦っている。特に第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦に、カナダは米国、英国とともに参加。ナチス・ドイツに対抗する形で始まったマンハッタン核兵器開発計画にもカナダは加わり、朝鮮戦争にも派兵している。ケネディ大統領は61年、議会演説で「地理が我々を隣人にし、歴史が我々を友人にし、経済が我々をパートナーにし、必要が我々を同盟国にした」と述べている。カナダと米国の国境は約6500キロ。両国は切っても切れない関係にあるのだ。

     一方、カナダと米国には違いも少なくない。カナダはフランス系・カトリック系住民も多く、フランス語と英語の2カ国語を公用語としている。英国と歴史的なつながりが強く英連邦に加盟。現在も元首はエリザベス英女王である。

    第2次世界大戦中、英国の救援に向かうカナダ兵=INP
    第2次世界大戦中、英国の救援に向かうカナダ兵=INP

     歴史的には米国がカナダとの一体化を求め、カナダがこれに抵抗してきた。

     米国は1774年9月、13州による第一回大陸会議を開催した際、カナダを米国の14番目の州とすることを議題にしている。翌10月に米国は自国に入るようカナダに呼びかけ、カナダがこれを無視すると、翌75年にモントリオール、ケベックに派兵している。英国がカナダに兵を送り米軍を撃退するが、米国は建国当時からカナダを自国と一体のものと考える傾向があったことがわかる。また、ナポレオン戦争(1802~14年)中の1812年、英国が米国の船舶を捕獲したことをきっかけに米国は英国領だったカナダを武力攻撃している。

     米国からみると、カナダは自分たちと同じように英国から独立し、民主主義や自由といった価値を共有する特別な存在である。友人というより身内、双子の兄弟姉妹と考える傾向さえある。一方、カナダ人の中には、米国人と間違われることを嫌がる人が想像以上に多い。カナダは米国と違うということで国内をまとめ、対外的に存在感を発揮してきた。カナダにとって米国と異なることこそがアイデンティティーの柱なのだ。カナダ首相が米国の政策に異を唱え、米大統領が感情的に反応するのは、こうした両国の思想の違いが背景にある。

    「ゾウの隣りで寝る」

     話をG7首脳会議に戻す。

     トランプ大統領から罵しられたトルドー現首相は、不誠実な人物なのだろうか。内外の評価はむしろ逆である。2015年に首相に就任したトルドー氏は多文化主義を標榜し、閣僚の男女比を同じにした。少数派(マイノリティー)への理解が深く、トロントで性的少数者のイベント、プライドパレードへ参加したほか、政府がかつて性的少数者(LGBTなど)を差別していたことを議会で謝罪。一部の学校による先住民虐待についても謝っている。

     性的差別に敏感な首相は国歌の歌詞まで変えている。変更されたのは、「True patriot love in all thy sons command(なんじの息子すべてに流れる真の愛国心)」という歌詞の一節。「in all thy sons command」を「in all of us command(我々のすべて)」としたのだ。

    カナダのジャスティン・トルドー首相=2018年7月10日、ロイター
    カナダのジャスティン・トルドー首相=2018年7月10日、ロイター

     謝罪ばかりをしていることへの不満が国内保守層にはあるが、「不誠実」には当たらない。トランプ大統領はこうした人権感覚の持ち主であるトルドー首相をののしる一方、金正恩委員長を「とても才能がある。26歳であの地位に就き、それをこなしている」とほめあげた。国連によると、北朝鮮は現在も8万~12万人の政治犯を収容し、日本人の拉致問題については「解決済み」との姿勢を変えていない。金委員長とトルドー首相。どちらが不誠実かはわざわざ比較するまでもない。

     現首相の父であるピエール・トルドー首相は69年3月、訪問先の米国でこう述べた。「米国の隣で生きていくことは、ゾウの隣で寝るようなものです。ゾウがどんなに友好的でどんなに穏やかでも、けいれんしたり声を発したりすれば、隣で寝る者は影響を受けるのです」

     穏やかなゾウでも添い寝はつらい。ましてや気性の激しい、自国優先のゾウならどうだろう。一方、ゾウからすれば、添い寝相手はみんな「弱虫」と映るのだろう。

    カナダのピエール・トルドー首相(当時)。会談の相手は三木武夫首相=首相官邸で1976年10月21日撮影
    カナダのピエール・トルドー首相(当時)。会談の相手は三木武夫首相=首相官邸で1976年10月21日撮影

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    プロフィール

    小倉孝保

    小倉孝保

    編集編成局次長

    1964年生まれ。88年入社。カイロ、ニューヨーク両支局長、欧州総局長、外信部長を経て現職。英外国特派員協会賞や小学館ノンフィクション大賞、ミズノスポーツライター最優秀賞の受賞歴がある。