「世界の中の日本」立ち位置は? ご意見を募集

櫻田淳・東洋学園大教授
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櫻田淳さん
櫻田淳さん

 石破茂衆議院議員の「政治プレミア」論稿で提示された議題は、多岐にわたっているけれども、取りあえず次の三つの点については、国民各層で認識を深める必要があろう。

 第一に、憲法9条との整合性を図ろうとするあまりに、「自衛隊は軍隊ではない」という大いなる虚構の下に安全保障を語る日々が長く続いてきた。それを自衛隊と呼ぼうと呼ぶまいと、主権国家の「独立」を担保する具体的な装置が軍隊に他ならず、そのように諸外国が認識している事情は変わりがない。

 「自衛隊は軍隊ではない」という仮構を守ろうとすることによって、日本は、集団的自衛権論議や「国際貢献」論議に際して、国際安全保障の常識に沿わぬ「異形の姿」をさらしてきた。石破氏は、そうした日々を今後も続けるのかと問うている。自衛隊という「自分にしか分からない言葉」で納得した気になっている現状は、どのように評価すべきか。

 第二に、そもそも、第二次世界大戦時の日本の失敗は、日本の周辺に対して「軍隊を動かした」という事実にあるのではなく、その「軍隊を動かす」際の論理が実質上、国際協調の理念から逸脱した独善の産物であったことにある。

 石破氏の議論は、先々の日本が「軍隊を動かす」際の前提となる国際協調の枠組みとして、米国だけではなく豪州、ニュージーランド、東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々を包摂した「ネットワーク型の同盟」の構築を説いているのである。そのイメージは、石破氏によれば、「自由と民主主義を重んじる国々が多角的に同盟を結ぶことによってアジア太平洋地域の平和と安全に寄与する」というものである。

 この石破氏の構想をどのように評価するかは、「世界の中の日本」の今後の位置を考える上でも、大事である。

 第三に、「自衛隊は軍隊ではない」という言葉が象徴するように、広い意味での安全保障に絡む政治家の発言は、「苦い薬をオブラートに包む」傾向を色濃く示していた。従来、政治家は、多くの国民がその「オブラート」を欲していると解し、それに応えてきたのである。

 石破氏は、その「オブラート」に包まれた安全保障論議を政治家の側が続けるのは、国民に対する不実ではないかと訴えている。近々、本格化するであろう憲法改正論議の行方を占う上でも、こうした政治家における「安全保障を語る姿勢」は、注視されるべきものであろう。

 これらは、日本の安全保障論議の根幹に関わる議論である。これらの三つの点に即して認識が深まるだけでも、日本の安全保障論議が一皮むけたものになるのは、間違いあるまい。

櫻田淳

東洋学園大教授

1965年生まれ。専門は国際政治学、安全保障。衆院議員政策担当秘書の経験もある。著書に「国家の役割とは何か」「『常識』としての保守主義」など。フェイスブックでも時事問題についての寸評を発信。