靖国合祀問題 敗戦「総括」の不全が問われている 皆さんのご意見募集

櫻田淳・東洋学園大教授
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櫻田淳さん
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 古賀誠氏の「政治プレミア」論稿には、既に十数件のコメントが付されている。そのことを踏まえて、筆者は、更なる議論のための材料として次のことを記しておく。

 古賀氏が指摘するように、靖国神社に絡む紛糾の収拾は、「天皇の御親拝が行われていた1975年以前の状態に復する」ことをもって成るというのは、間違いないであろう。これに対する支障が「昭和殉難者」(東京裁判A級戦犯)合祀(ごうし)にあるというのも、あえて語るまでもない。

 振り返れば、終戦10日余り後、吉田茂は、書簡に「遂に来るものが来候、『悪魔に息子がいるのなら、それは確かに東條(英機)だ』」と書いた。終戦2カ月後、戦前の「粛軍演説」や「反軍演説」により衆議院議員を除名されたことで知られる斎藤隆夫は、自らが結党に加わった日本進歩党の立党宣言の中で、敗戦の原因が「軍閥、政治ニ干与シテ専横ヲ極メ、官僚之(こ)レニ追随シテ権力ヲ紊(みだ)リ、財閥之レニ阿附(あふ)シテ私利ヲ貪(むさぼ)リ、政党亦(また)消極無力ニシテ破局ヲ未然ニ防キ得サリシニアルコト、天下ノ定論ナリ」という認識を示した。

 こうした往時の反応を踏まえる時、「軍閥、政治ニ干与シテ専横ヲ極メ、官僚之レニ追随シテ権力ヲ紊リ」の姿を体現した東條英機を含む戦時指導層への厳しい評価は、東京裁判の所産として出来上がったわけではないのは、確かである。東條を含む戦時指導層の責任を問う「総括」が、東京裁判という「勝者の裁き」という体裁を取ったことにこそ、現下の靖国神社に絡む紛糾の遠因がある。東京裁判が「勝者の裁き」という性格を持つ限り、「敗者」の側に理不尽の感情が残るのは、避けられなかったであろう。この理不尽さの感情は、東條を含むA級戦犯の靖国合祀に係る動きや判断にも、反映されていると思われる。

 しかし、それは、前に触れた戦時指導層の敗戦責任の「総括」を曖昧にすることでもあった。古賀氏が吐露するように、戦時指導層のような「命令する側」と戦地に送られた「命令される側」とが同列に合祀されることに残る釈然としない感情も、当然のものである。

 A級戦犯合祀を「宮司の一時預かりに戻す」という古賀氏の提案は、一つの技術論である。この件の議論に即して当代日本の人々に求められるのは、戦争の敗北に対して納得できる「総括」を自ら手掛けなかった過去を前にして、「それでよかったのか……」と問う姿勢に違いない。

櫻田淳

東洋学園大教授

1965年生まれ。専門は国際政治学、安全保障。衆院議員政策担当秘書の経験もある。著書に「国家の役割とは何か」「『常識』としての保守主義」など。フェイスブックでも時事問題についての寸評を発信。