PKO 日本の関与どうすべきか ご意見募集

櫻田淳・東洋学園大教授
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櫻田淳さん
櫻田淳さん

 このたび、森本敏元防衛相の「政治プレミア」論稿を受けて呼び掛けるのは、PKO(国連平和維持活動)への日本の関与の有りようについての議論である。カンボジアから直近の南スーダンに至るまで、PKO協力の現場に送り込まれた自衛隊部隊の姿は、冷戦終結以後に日本が自ら描いた「世界に貢献する日本」の自画像を反映していた。そして、それは、国内災害復旧現場での活動に併せ、自衛隊の「存在意義」を内外に認知させるのに大きくあずかったといえよう。

 憲法9条の制約や戦時中の記憶を反映して、自衛隊という名の日本の軍隊の「存在意義」に猜疑(さいぎ)的なまなざしが向けられた時間が長かった故にこそ、PKO協力の現場での自衛隊の活動は、その意義なり効用なりが強調されてきたところである。

 森本氏が指摘するのは、PKOを取り巻く環境の変化である。第一に、従来、PKO協力の前提となっていた安保理決議の採択が難しくなっている環境の下、「安保理決議がない場合でもどのように紛争解決に役割を果たせるか」が大事になっているということである。とかく、「錦の御旗(みはた)」の類いに頼る思考性向が強い日本の人々にとっては、こうした議論はチャレンジングなものであろう。第二に、自衛隊の「存在意義」を内外に認知させるという思惑を多分に込めた上で自衛隊部隊が派遣されてきた従来の局面は既に去り、今後の局面では、PKO活動全体の下支えをする役割が日本に求められているということである。森本氏が書くところでは、「PKOに部隊を出す途上国に対する能力向上支援」を念頭に置き、「PKO部隊の指揮管理やロジスティクス(後方支援)の手法などで国際的に高い評価を得てきたノウハウを他国に伝える」構えが、用意されなければならない。現下の日本には、そうした構えのための準備が出来上がっているであろうか。

 北朝鮮の「核・ミサイル」脅威や中国の海洋進出への対応、あるいは国内自然災害への対応とは対照的に、PKO協力の現場での対応には、利他的な印象が色濃く漂う。特にドナルド・J・トランプ米大統領の登場が象徴するように、「誰でも真っ先に自分のことを考える」空気が勝る現下の趨勢(すうせい)の下では、そうした利他的な色合いの濃い対応には、「きれいごと」の言葉を投げつける向きも大きくなるかもしれない。

 こうした中で、日本は、憲法前文にある「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて」という建前に沿った対外姿勢を、どこまで真面目に保つことができるのであろうか。それは、「権力闘争」を基調とする国際政治の世界では、確かに一つの「建前」に過ぎないかもしれない。けれども、そうした「リベラルな建前」こそが日本の利害に合致してきたのは、紛れもない事実である。「自らの利害が第一」という「本音」が丸出しとなる世で、日本は、「リベラルな建前」を投げ捨てるようなことができるのか。これは、生真面目な議論にふさわしい論題であろう。

櫻田淳

東洋学園大教授

1965年生まれ。専門は国際政治学、安全保障。衆院議員政策担当秘書の経験もある。著書に「国家の役割とは何か」「『常識』としての保守主義」など。フェイスブックでも時事問題についての寸評を発信。