外国人労働者 日本に受け入れの準備あるか

櫻田淳・東洋学園大教授
  • 文字
  • 印刷
櫻田淳さん
櫻田淳さん

 このたび、読者各位に呼び掛けるのは、岡田克也衆議院議員の論稿に即した議論である。

 岡田議員の論稿は、目下、国会で審議中の「出入国管理及び難民認定法改正案」の評価に結び付いている。岡田議員が披露する論稿に即して、議論を深めるべき点は,おおむね次の三つである。

 第一に、外国人の就労の枠組みとしては、技能実習生の制度があるけれども、そうした既存の制度は、どのように評価されるべきか。このたびの外国人労働者の受け入れに関わる議論は、こうした既存の制度の評価との兼ね合いで、どのように進められるべきか。外国人技能実習生制度には、岡田議員が述べるように、人権上の疑義のある事例が指摘されているので、この件の検証を怠るわけにわけにはいかないであろう。

 第二に、現下の法改正は、経済回復に伴う人手不足への対応という「当座の要請」によって促されているところがあるけれども、岡田議員が指摘しているように、そこに経済情勢が再び後退局面に入った場合への考慮が十分働いているとは、率直に断じ難い。加えて、介護や建設などの14業種で累計30万人前後の外国人労働者に新たな在留資格を与えて受け入れるという案の趣旨にしても、そうした業種の受け入れ枠に外国人労働者が収められるのかが判然としない以上、数字先行の「机上の空論」のそしりを免れまい。こういう外国人労働者の受け入れに係る制度の設計は、彼らの不満や遺恨を生むようなものに終わってしまえば、狭くは彼らの出身国との関係、広くは日本の国際社会での声望に「あしき影響」を及ぼしかねない。

 第三に、外国人を今まで以上に受け入れる際の「度量」や「覚悟」が、日本社会に備わっているかである。日本社会は、古来、「日本社会の和合を尊重しつつ、その流儀に従い、貢献してくれるならば、誰でも受け入れる」特質を備えていると思われるけれど、そうした前提が揺らいだならば、どのようなことになるのか。このたびの法改正で想定されているのは、多分に「日本社会への帰順姿勢や貢献の度合い」において突出したものを持っているとは期待されてはいない人々の受け入れである。加えて、日本国籍保持者でさえ、「東洋系の相貌でない人々」や「日本の姓名でない人々」には微妙な視線が投げ掛けられる現状を前にすれば、外国人を含む「異質なるもの」に対する日本社会の意識は、成熟し切っているわけではない。国や地方自治体に受け入れの態勢のいかんを問う前に、これは、留意すべきことであろう。

 故に、「受け入れるならば、きちんとした準備をした上で」という岡田議員の主張は、それ自体としては首肯されるべきものであろうと思われる。そもそも、それは、出入国管理及び難民認定法という「玄関口」の議論に限定されて済むものではないのであろう。

櫻田淳

東洋学園大教授

1965年生まれ。専門は国際政治学、安全保障。衆院議員政策担当秘書の経験もある。著書に「国家の役割とは何か」「『常識』としての保守主義」など。フェイスブックでも時事問題についての寸評を発信。