前原誠司の直球曲球

北方領土交渉 2島でも簡単ではない

前原誠司・元外相
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前原誠司氏=太田康男撮影
前原誠司氏=太田康男撮影

 安倍晋三首相がロシアのプーチン大統領と二十数回の会談を重ねて人間関係を築き、北方領土問題を解決しようとしている意欲は評価したい。

 1956年の日ソ共同宣言以前は、当時政権を担っていた自民党内でも返還が可能なのは歯舞(はぼまい)群島、色丹(しこたん)島の2島までだという見方が中心的だった。

 ところが日ソの接近を懸念した米国のダレス国務長官が介入した結果、2島は先行返還、残る国後(くなしり)択捉(えとろふ)の2島は継続協議という日ソ共同宣言になった。

 ソ連が崩壊過程に入ると、日本側に有利な状況が生まれた。91年に海部俊樹首相とソ連のゴルバチョフ大統領による日ソ共同声明では正式文書で初めて「四島」が確認された。93年には「四島の帰属問題を解決する」とした細川護熙首相とロシアのエリツィン大統領による東京宣言につながる。

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前原誠司

元外相

1962年生まれ。京都府議を経て、93年衆院初当選。外相のほか、国土交通相、国家戦略担当相などを歴任。民進党代表として希望の党との合流を主導した。衆院京都2区、当選9回。国民民主党。京大法学部で高坂正堯教授(故人)のゼミに所属し、外交安保を得意分野とする。