野党に二つの道はいらない 19年はチャンスの年

原口一博・元総務相
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原口一博氏=須藤孝撮影
原口一博氏=須藤孝撮影

 野党に二つの道はいらない。一つになるためにどうやっていくかということをできる限り、追求していきたい。

 衆参同日選という話さえあるのに今のような状況で無駄な労力をお互いのことで使っていたら、12年に1回の統一地方選と参院選が重なるチャンスの年を逃してしまう。

分かれていては政権と戦えない

 国民民主党の国対委員長として臨時国会に臨んだ。かつての民主党の仲間が三つに分かれたことの影響の大きさを痛感した。結局は国会による行政の監視機能が弱まる結果にしかなっていない。

 たとえば衆院予算委の集中審議では立憲民主党、国民民主党、無所属の会がそれぞれ30分、あるいは45分ずつ質問する。民主党政権で閣僚として答弁した経験からいっても、細切れの質問は全然怖くない。これが一つの会派ならばたとえば長妻昭さんが1時間半、私が1時間半質問するようなことができる。それではじめて政府を追い込める。

 国対委員長に就任した時に、政策を議論する「次の内閣」を野党で一緒に作ろうと提案した。

 根回しも無しにいきなりそんな提案をするなとずいぶん怒られた。しかし今、野党各党は分かれたために人が足りず、政調部門が縮小して、政策の全体的な議論ができなくなっている。

 選挙を前に「やらなければいけない」と言っていることと、実際のマンパワーでできることの間に相当隔たりがある。これが現実だ。

 立憲民主党の枝野幸男代表が「野合はしない」と言っているのは正しい。しかし、民主党で20年間一緒にやってきた仲間がもう一度一緒になるのは「野合」とは言わない。自民党もそうだが、民主党も幅の広い政党だった。それを忘れてはならない。

 立憲の幹部とも話しているが、いくつかの段階を踏んで国会の会派でも、選挙でも協力していくべきだ。参院選では改選数1の1人区だけではなく、複数区でも相互推薦を目指すべきだ。

 相手は自民党だ。「複数区では各党が切磋琢磨(せっさたくま)」などと言っても、その前に衆院選の小選挙区では野党の候補が立てられていない空白区がたくさんあるという現実を忘れていないか。

 候補の身になれば、なにか見たような顔の議員はいるが、政権構想もはっきりせず、けんかばかりしていて、二つになるのか三つになるのかわからない党から立候補はできない。まして有権者は投票しない。

 次の衆院選を見据えれば、参院選の複数区でも協力関係を作っておくことがポイントになる。

保守を真ん中に共闘

 野党の共通点としては「原発ゼロ」「消費増税の凍結」「辺野古移設反対」の三つをそろえられたらインパクトがある。国民民主の玉木雄一郎代表も軽減税率のような制度を導入する税率引き上げならば凍結すべきだと言っている。

 そして理念としては、明るく温かい社会を作る。この30年間は暗く冷たい新自由主義の時代だった。その反対の地域の豊かさ、反グローバリズムだ。

 民主党がターゲットにしたのはいわゆる「分厚い中間層」だった。今、その「中間層」がまとめて下に落ちてきている。社会のなかで置き忘れられていると感じている人たちが非常に大きな層になりつつある。その層をターゲットにして、それを支える運動体を地域から作っていけば、また共通のネットワークを組み直せる。

 野党の共通点を探っていく時にいつも問題になるのは共産党だ。しかし排除すべきではない。一方で沖縄県知事選の教訓がある。

 沖縄県知事選で勝利できたのはオール沖縄の真ん中に保守の塊があったためだ。保守がいれば共産党も自らの主張を抑える。保守がいるからこそ野党共闘が成功した。核に保守をおいたうえで共産党とも共闘していく。そうすれば無党派の人たちもひきつけられる。

 野党が共闘するうえで、もう一つ大切なのは民主党政権の失敗の責任から逃げないことだ。立憲の枝野さんも無所属の会の岡田(克也代表)さんも、私もみんな責任がある。三つに分かれても、党名を変えても、その責任から逃げることはできない。

原口一博

元総務相

1959年生まれ。佐賀県議を経て96年衆院初当選。民主党副代表などを歴任。国民民主党国対委員長。衆院佐賀1区、当選8回。国民民主党。