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政府への「支持率1割」だった沖縄県民投票

上野央絵・元毎日新聞編集委員
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米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡り、埋め立ての賛否を問う県民投票で、投票をする人たち=沖縄県那覇市で2019年2月24日、津村豊和撮影
米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡り、埋め立ての賛否を問う県民投票で、投票をする人たち=沖縄県那覇市で2019年2月24日、津村豊和撮影

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の全面返還で日米両政府が合意してから今月12日で23年となる。2月の県民投票で、同県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部に代替施設を建設するための埋め立てに「反対」が投票者の72%に上り、玉城デニー知事は安倍晋三首相に移設工事の中止と協議を求めたが、政府は応じず工事を続けている。「反対」(約43万票)が有権者全体では38%にとどまることで、圧倒的な民意ではないとたかをくくっているのかもしれない。しかし、私はそれよりもむしろ「賛成」が10%しかなく、1996年の県民投票で示された政府の沖縄政策に対する県民多数の「賛成」と比較して激減した事実こそが深刻だと考える。

 「普天間返還合意は沖縄県民が一つになって日米両政府を動かした結果だった。だからこそ半年後の県民投票で日米地位協定見直しと基地の整理縮小に『賛成』が多数となった」。普天間移設問題に地元首長として長年関わった元金武町長の儀武剛さん(57)はこう指摘する。

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上野央絵

元毎日新聞編集委員

1967年生まれ。91年毎日新聞社入社。水戸支局、政治部、西部報道部(沖縄担当)を経て水戸支局次長、政治部副部長、佐賀支局長、オピニオングループ編集委員を務めた。東京と地方をつなぐ「関係人口」となるべく、東京と盛岡の2拠点生活に加えてこれまでの赴任先の定点観測を実践中。