官僚はぼろ雑巾か 酷使は国を誤る

松井孝治・元官房副長官
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松井孝治氏=内藤絵美撮影
松井孝治氏=内藤絵美撮影

 通常国会も最後の最後に、金融庁の金融審議会の市場ワーキンググループ(WG)報告書が「大炎上」して、「こんな報告は受け取らない」とか「撤回しろ」とか「猛省を促す」とか、与党側から見事にはしごを外されていて、担当者の困惑が目に浮かび、少々気の毒に感じております。

 本文をよく読めば、「この金額はあくまで平均の不足額から導き出したものであり、不足額はおのおのの収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。(中略)重要なことは、長寿化の進展も踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである」と、きちんとした指摘をしているのですが、一部メディアや野党の切り取りの中で、与党からすれば「余計な時に政治的配慮もなく余計な報告をしやがって」ということになるのでしょうか。

 皆様にお考えいただきたいのは、官僚の国会対応、政治対応のあり方です。昨年の小泉進次郎衆院議員ら若手議員の改革提言もあって、少しずつ動き出した国会改革ではありますが、そのスピードは遅く、このままでは政と官の調整を一手に担ってきた霞が関の限界が露呈するのではないかと心を痛めております。

 連日華やかな論戦が繰り広げられる国会ですが、その黒衣役は官僚です。多くの委員会では質疑の前日の午後から夕刻にかけ、しばしば夜になってから、首相、各閣僚、政府参考人(局長クラスなど)に翌日こういう質問を行うという質問通告と、その背景説明や質疑の確認(レクと呼ばれます)が行われます。

 国会対応は霞が関の最優先業務なので、官僚たちはすべての会合やアポイントメントなどの業務に優先して、議員レク、答弁作成、参考資料作成、更問いと呼ばれる想定問答作りを、文字通り夜を徹して行い、質疑当日の早朝には、答弁ぶりや背景資料、想定問答集など分厚い資料がセットされて大臣レクなどを行うことになります。

 国会開会中は、こうした作業が連日、霞が関の各省で行われています。当然日常的な政策立案や関係者との政策調整、行政執行の仕事もあるわけで、官僚たち、とくにさまざまな業務の最前線にいる課長補佐クラスには、ぼろ雑巾のような疲労困憊(こんぱい)の中で仕事をしているものが少なくありません。

 かつて民間企業から官庁に出向していた友人は、霞が関では毎日株主総会を開催し、翌日の総会の準備をしながら、なおかつ日常業務を行っているのですね、とあきれられたものです。

 霞が関の政治対応は国会だけではありません。与党の部会での法案や予算、重要政策や各種報告の事前説明と了解の取り付け、さらに最近では与党に無数に設置される部会以外のプロジェクトチーム、ワーキングチームへの対応、関連する個別の与党議員への説明などの政治調整のオンパレードです。

 加えて、最近連日官僚が悩まされているのは、カメラの放列の前で罵声を浴びせかけられる野党合同ヒアリングとその場での資料要求です。

 また、従来は一握りの無所属議員(国会での質疑の機会のない方々)のみが行っていた質問主意書(答弁作成・決定に手続き的に大変な労力がかかります)の嵐まで、聞けば聞くほど官僚、特にそれらの政治対応の実務を処理する若手官僚に負担がかかっています。

 個人的には、こうした、国会対応をはじめとする対政治調整に取られる労力の増大と、最近低下が懸念される霞が関の官僚たちの政策分析や調査における基礎体力の低下に、何らかの因果関係があるのではないかと感じています。

 霞が関の官僚たちは、次官級から若手職員に至るまで、日々本当に真面目に政策を考え、与野党の国会議員を回り、粘り強く説得と説明を繰り返しています。

 我々の世代かその少し下までは、政治家の説得、調整も含め政策の実現は我々が担っているという自負がみなぎっていましたが、ここ十数年、政権を問わず進展してきた政治主導の中で、特に野党の一部議員の罵詈(ばり)雑言や過酷な資料要求の嵐の中で、若手職員の間で少しずつそうしたプライドが失われかけているのではないかと懸念します。

 政と官の関係において、これまで黙って耐えるのが美徳とされてきた霞が関において、彼らの忍耐の太い綱、その綱に束ねられている糸が一本、また一本と音を立てて切れているように思うのです。

 少子化の影響で、各種産業や看護・介護現場で、人手不足が深刻化し、4月からさまざまな職種に新在留資格が創設され、外国人材が活用されつつありますが、「政策立案」職、「行政執行」職だけはそうはいきません。

 霞が関の政策担当者だけでなく、地方自治体の行政執行者、例えば、警察官、自衛官から公立校教員まで、行き過ぎた公務員バッシングの影響もあるのか、公共人材の不足が年々深刻となっています。希少な公共人材を大切に育むどころか、その誇りを奪い、ぼろ雑巾のように酷使するようでは国家の大計を誤ることになります。

 官僚や公務員の給料を上げろとか天下りを復活せよとか申し上げるつもりはありません。ただ、彼らが、本来の政策の企画立案や分析、公正な行政執行に誇りを持って取り組める職務環境を整備することこそ、我が国の政策分析や調査の精度を上げて、より良い政策を作り、安全で安心かつ活力ある国づくりの礎となります。

 与野党を超えて、官僚たちが、より政策立案やその前提となる政策分析に注力できるような環境を作るため、例えば、国会の委員会立てを計画的に早期に行い、その質問通告は最低でも前々日の正午までには行う、これまで何度も与野党で合意しては実行してこなかった事項を守ろうという再確認くらいはできないものでしょうか。

 与野党を超えて、選良の議員各位の良識に期待したいものです。

松井孝治

元官房副長官

1960年生まれ。83年旧通商産業省入省、94年から首相官邸出向。2001年参院選で京都選挙区に民主党から出馬し、初当選。09年鳩山内閣で官房副長官。参院議員を2期務め13年政界引退。慶応大総合政策学部教授。