逢坂誠二の「耕雲種月」

「安倍1強」打ち崩す執念が必要だ

逢坂誠二・立憲民主党政調会長
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逢坂誠二氏=長谷川直亮撮影
逢坂誠二氏=長谷川直亮撮影

政権交代への責任

 2009年9月の、選挙による戦後初の政権交代から10年が経過した。この政権交代に国民は大きな期待を寄せたが、民主党政権は3年3カ月で崩壊した。

 リーマン・ショック後の混乱、東日本大震災の発生、未曽有の原発事故など、どの党が政権を担っても、その運営は困難を極めたものと思う。しかしやはりさまざまな点で未熟さがあったことも確かだ。

 私は、政権交代後の12月から首相補佐官、菅内閣では総務政務官、野田内閣では政府を離れ党の総括副幹事…

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逢坂誠二

立憲民主党政調会長

1959年生まれ。北海道ニセコ町長を経て、2005年衆院初当選。総務政務官、首相補佐官などを歴任。衆院北海道8区、当選4回。立憲民主党。ニセコ町長時代に全国初の自治基本条例となった「ニセコ町まちづくり基本条例」を制定。地方自治のエキスパートとして知られる。