自公連立20年

「統一野党対自公」なら必ず勝つ

小沢一郎・元自由党代表
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小沢一郎氏=吉田航太撮影
小沢一郎氏=吉田航太撮影

 自自公(自民、自由、公明)の連立政権の発足(1999年10月5日)に先行して、99年1月に我々と自民だけの「自自連立政権」ができたが、当初から公明が加わることを想定していたわけではない。

 当時参院は与党が過半数割れで、衆参でねじれが起きていた。公明が連立に加わることで参院の過半数を確保できる。国会運営上の必要性からやったことだ。一方の公明は、ずっと自民と連立したがっていた。しかし、当時支持母体の創価学会が慎重で、自分たちが我々より先に自民とくっつくのは駄目だと判断していたと思う。

 だから、先に「自自」でくっつくことを喜んだし、推進していた感じだった。我々を「毒消し」みたいにして、(連立に)入ってきた。

 政権運営上、どうしても公明と組みたいというわけではない。だから、2007年に自民党と旧民主党の大連立構想を掲げた際や、09年に旧民主党政権が発足した際は、連立パートナーとして公明は必要とは…

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小沢一郎

元自由党代表

1942年生まれ。69年衆院初当選。自治相、自民党幹事長などを歴任。新進、旧自由、民主、生活の各党でも党首を務めた。衆院岩手3区、当選17回。国民民主党。