麗しの島から

暴力に葛藤…台湾に逃れた香港「勇武派」に聞く

福岡静哉・台北特派員
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台湾に逃れた「勇武派」の香港人男性=台湾北部で2019年10月下旬、福岡静哉撮影
台湾に逃れた「勇武派」の香港人男性=台湾北部で2019年10月下旬、福岡静哉撮影

 香港の抗議デモで7月1日の立法会(議会)突入に加わった若者らの一部は、逮捕を避けるため台湾に逃れた。このうち大学生の男性(20)が台湾北部で毎日新聞の取材に応じた。暴力も辞さない「勇武派」と呼ばれる若者らが立法会突入を主導した背景には、2014年に台湾の若者らが立法院(国会)を占拠した「ヒマワリ学生運動」の成功があった。

突入に反対意見相次ぐ

 7月1日は香港が英国から中国に返還されてから22年となる日で、香港中心部では記念式典が予定されていた。この日は毎年、民主派主催の大規模デモが行われており、今年も「逃亡犯条例」改正案の完全撤回などを求めて中心部を行進するデモが午後から計画されていた。

 今年はこの時期に、立法会周辺で若者らが断続的に座り込みを続けていた。男性はそこで主に食料や水、医薬品などの物資を調達・保管する役割を担った。若者らは今後のデモの方針をめぐっていつも議論を交わし、時には口論になることもあった。

 勇武派を自任する男性もたびたび議論に加わり、「立法会に突入すべきた」と主張した。「民意を代表する機関である立法会を占拠し、民衆の手に取り戻す必要がある」と考えたからだという。立法会議員選は定数70のうち35人は地区別の直接選挙だが、残り35人は各業界団体内の選挙で選ばれ、ビジネスで中国とつながりの深い親中派が当選しやすい。民主派が過半数を取るのが難しい仕組みで、現在も親中派が40議席以上を占める。

 だがこうした勇武派の意見は、多くの若者から「平和的なデモを粘り強く続けるべきだ」「暴力を使えば世論の支持が離れる」などと批判を浴びた。男性は「平和派には雨傘運動で挫折した経験が重く心にのしかかっていた」と語る。

 14年9月に香港で起きた雨傘運動では、民主的な選挙制度を求める若者らが香港中心部の幹線道路を占拠した。だが79日目、警官隊に強制排除され、挫折した。男性は「雨傘運動でも勇武派と平和派の対立が起き、それが世論の支持が離れる要素の一つになった」と説明する。

 男性はそれでも立法会占拠を主張した理由について、さらにこう説明した。「勇武派には台湾のヒマワリ学生運動の成功が念頭にあった」

 台湾では14年3月、対中融和路線を取る国民党の馬英九政権(当時)が中国企業に台湾でのサービス業参入を認める「中台サービス貿易協定」の発効を急ぎ、立法院で承認案の強行採決を図った。こ…

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福岡静哉

台北特派員

1978年和歌山県生まれ。2001年入社。久留米支局、鹿児島支局、政治部などを経て2017年4月、台北に赴任した。香港、マカオのニュースもカバーする。