クトゥーゾフの窓から

北の島々は今(8)北方領土「試験ツアー」で見えた高い壁

大前仁・外信部副部長
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北方領土の色丹島では日本人観光客の来訪を求める声も聞かれる=色丹島で2017年8月、大前仁撮影
北方領土の色丹島では日本人観光客の来訪を求める声も聞かれる=色丹島で2017年8月、大前仁撮影

 日本とロシアの間では10月末から11月初旬にかけて、北方領土での共同経済活動の試験事業として、日本人観光客の一行が初めて現地を訪れた。日本政府は「課題を洗い出し、本格的な事業の実施につなげたい」(茂木敏充外相)と意気込むが、本格的な共同経済活動開始には多くの課題と障害が残されている。その高いハードルについて考えてみた。

 まずは共同経済活動に関する交渉の歴史を振り返ろう。共同経済活動は常にソ連やロシアから提案されてきた構想だった。日本が平和条約問題の解決を迫ると、「まずは共同経済活動を実現し、信頼を醸成すべきだ」と切り返す構図が続いた。1999年から2000年にかけて日露政府間で本格的に検討されたが、お互いの法律に抵触しない制度を作れずに頓挫した。

 その後も平和条約問題が持ち出される度に、ロシアが共同経済活動を提案してくる構図が続いた。この「誘い水」に乗ったのが16年の安倍政権だった。ロシアの提案を実現させることで信頼を築き、本丸といえる平和条約交渉に乗り出したい。このような狙いから、共同経済活動の交渉を「逆提案」したのだ。

楽観的だった日露両国の当局者

 安倍政権や日本外務省は一定の勝算を抱いていた模様だ。以前にロシアとの間で共同経済活動を検討した際には、完璧に近い法制度を作ろうとして失敗した。その点を踏まえ、今回はプロジェクトを決めてから、それに合わせた限定的な法制度を作ろうとするアプローチを取ったのだ。「この程度の法制度ならば1年もあれば合意できるだろう」。今振り返ると、随分と楽観的だったが、当時の日本側の担当者は強気の姿勢をのぞかせていた。

 楽観的だったのは日本側だけではない。もともと自分たちが提案したアイデアだったこともあり、ロシア政府関係者も意欲を示していた。「共同経済活動が始まっても、経済的な利益を生み出せないかもしれないが、政府が補塡(ほてん)すればいい。事…

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大前仁

外信部副部長

1969年生まれ。2008~13年、18~20年にモスクワ支局勤務。現在は旧ソ連諸国や米国の情勢、日露関係を担当。