韓流パラダイム

映画「82年生まれ」ヒット 均等法世代も救われた理由

堀山明子・ソウル支局長
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10月から封切りされた映画「82年生まれ、キム・ジヨン」は若い女性だちが多く観覧した=ソウル市内の映画館前で2019年11月3日、堀山明子撮影
10月から封切りされた映画「82年生まれ、キム・ジヨン」は若い女性だちが多く観覧した=ソウル市内の映画館前で2019年11月3日、堀山明子撮影

 韓国女性の生きづらさを描いた小説「82年生まれ、キム・ジヨン」(チョ・ナムジュ著)を原作にした映画が10月23日の封切りからわずか5日で観客動員数100万人を突破し、1カ月で350万人を超えた。インターネット上では「ビュッフェミニズム」(権利ばかり主張して義務は果たさないフェミニスト、ビュッフェで口に合うものだけを食べることに例えた造語)と非難が浴びせられたが、逆風をはねのけたヒットと言える。

 1967年生まれ、独り身の私も劇場で見た。原作を読んだ時は、自分の居場所がないような違和感が残ったが、映画ではそのモヤモヤが消え、むしろ救われた気持ちになった。実際、原作に反発していた50代以上の女性や20代男性も、映画を見て共感しているという。その訳を探った。

ネットの男性評「2.82」点→実際に見た男性評「8.76」点

 「ボーイフレンドに見に行こうと誘ったら、別れ話を告げられた」

 インターネット上のブログなどには封切り直後、こんな20、30代女性の告白が書き込まれ、話題になった。同じ悩みの女性たちから「私もケンカした」「実際に一緒に見たら大丈夫だった」と反響が相次いだ。

 2016年に出版され100万部のベストセラーになった原作は、女性アイドルが「読んだ」と発言するだけで、男性ファンから攻撃にさらされた。ボーイフレンドの側からすれば、結婚前に「女性の人権」への理解度をテストする「踏み絵」に感じたのかもしれない。

 検索サイト「NAVER」の映画採点は11月20日現在、10点満点で6・99点。ただ映画を実際に見ていない人の投票も多く、10点か1点がほとんどという不自然な結果になっている。1点をつけたコメントは、タイトルをもじって「82キロデブっちょ」などといった罵倒のオンパレード。10点はコメントがないものも多い。

 実際に劇場で見た人たちだけの評点をみると、9・22点でグンと上がる。男性客と女性客の比率は3対7。20代が47%、30代が30%を占め、主人公より下の世代が圧倒的だ。

 目を引いたのは、男性による評価だ。全体では2・82点だったのに、映画を実際に見た人は8・76点と急上昇している。年齢別では年齢が高いほど評価が低く、50代は5・20点と最低で「昔はみんなもっと苦労したもんだ」という恨み節が目立った。ただこれも、実際に見た人に限った数字だと50代は8・89点となった。世代別で一番厳しい評価ではあるものの、全世代平均との差はそれほどなかった。

夫の葛藤、家族の和解に救いの道

 ソウル市の竜山駅に隣接する大劇場にいくと、若い女性が圧倒的だった。カップルや母娘の2人組の姿もちらほら。1人で来た男性も数人いた。

 隣に座った女性2人組は後半からずっと泣きっぱなし。家族のために自分の夢をがまんしてきた痛みを認め合って母娘が抱擁するシーンでは、会場はすすり泣きどころか、号泣してしゃっくりが止まらない人が続出。ヒクヒクという音がしばらく鳴り響いた。

 原作は、娘の出産を機に退職した主人公のキム・ジヨンが精神的に追い詰められる中で、母親や友人に憑依(ひょうい)したような発言を始め、女性差別や社会的偏見への怒りを訴えるストーリー。原作が「差別社会は変わらない」と悲壮感をただよわせたのに比べ、映画は主人公を含め家族それぞれが自分の内なる社会的偏見に気づき、変わろうとする姿が描かれている。

 映画に登場する夫は、原作に比べてはるかに温かな人で、ジヨンを復職させようと一緒に悩み、奔走する。ジヨンの家庭は、進学祝いで末っ子の長男だけが万年筆をプレゼントされるような男尊女卑の固定観念が強い。設定は原作通りだが、弟は自分が優遇されていることで姉が傷ついていたことに気づき、新しい関係をつくろうとする。ジヨンの姉は、子供をもたずに学校の先生としてバリバリ働いていて、同じ家庭で育った姉妹でも違う人生の選択がありうることも示している。

 「周囲の人が人格的にひどいから主人公がつらいのではない、という話にしたかった。一見幸せな環境にいる主人公がなぜ苦しんでいるのか。空気みたいな差別を描きたかった」

 70年生まれのキム・ドヨン監督は韓国紙のインタビューで、脚本の意図をこう説明した。子供2人を育てる母でもある。自身の経験と重ね合わせながら、家族のおもいやりの中にも、社会的慣習の端々にも、女性を枠にはめる圧力があることを表現しようとしたことがうかがえる。

 「映画の中に、私たちみんながいる」(ハンギョレ新聞)、「対立より理解と和解に焦点を当てた共感の力」(文化日報)など、メディアの映画評論も自然な演出を評価した。

 20代男性が原作に反発したのは「男性は徴兵義務を果たしているのに、女性が被害意識ばかり訴えるのは逆差別だ」という思いが爆発した面がある。映画では、夫や弟の葛藤も表現するこ…

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堀山明子

ソウル支局長

1967年生まれ。91年入社。静岡支局、夕刊編集部、政治部などを経て2004年4月からソウル支局特派員。北朝鮮核問題を巡る6カ国協議などを取材した。11年5月からロサンゼルス特派員。18年4月から現職。

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