ベルリンの壁崩壊30年 再び現れた世界秩序の混乱

古賀伸明・前連合会長
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古賀伸明氏=小川昌宏撮影
古賀伸明氏=小川昌宏撮影

 今月9日、ベルリンの壁が崩壊して30年が経過した。30年前の1989年は、ベルリンの壁の崩壊のみならず、さまざまなことが起こった。例えば、中国の天安門事件。日本に目を転じると、1989年はまさに平成元年、その年の12月末の東京証券取引所の大納会の株価終値は3万8915円、バブルの絶頂期である。企業の価値を示す時価総額で、日本の企業は世界上位20社に14社がランクインしていた。ちなみに2018年は35位で1社入っているだけである。ここから90年代に入って、バブルが崩壊していく。

 この年、昭和の歌姫といわれた美空ひばりさんも亡くなっている。いまひとつ蛇足となるが、私の出身企業である松下電器産業(現パナソニック)の創業者の松下幸之助氏もこの年の4月に逝去した。近年の大きな節目の年といっても過言ではないだろう。

壁崩壊のもたらしたもの

 ベルリンの壁の崩壊は、東西ドイツの融合のみならず、冷戦構造の終わりの引き金を引いた。そして政治的な冷戦構造に終止符が打たれただけでなく、共産主義・社会主義国家が、市場経済・資本主義に雪崩をうつように参入した。

 時を同じくして、誰もがコンピューターを使えるソフトが開発され、当時IT革命と称される。その頃の私は、コンピューターなどは専門家が使うものと思っていたものだ。

 この二つのことが相まって、グローバル化が一気に進み、世界が単一市場化していった。平成の時代とは、国際的にはグローバル資本主義の進展、国内的にはバブルが崩壊していく過程であったのかもしれない。

 グローバル化は言うまでもなく、人・物・金・情報・言論が一瞬のうちに国境を越える状況をつくりだした。しかし一方では、宗教や民族の対立、あるいは経済的・社会的格差、そして健康、環境問題も瞬時にして国境を越える時代をつくってしまった。

グローバル化から排他主義に

 その後、湾岸戦争、米国同時多発テロ、ア…

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古賀伸明

前連合会長

1952年生まれ。松下電器産業(現パナソニック)労組中央執行委員長を経て、2002年電機連合中央執行委員長、05年連合事務局長。09年から15年まで第6代連合会長を務めた。現在は連合総研理事長。