発言詳報

09年 中曽根元首相インタビュー「不沈空母」とは言っていない

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インタビューに答える中曽根康弘元首相=東京都千代田区で2009年4月9日、梅田麻衣子撮影
インタビューに答える中曽根康弘元首相=東京都千代田区で2009年4月9日、梅田麻衣子撮影

 ※11月29日に死去した中曽根康弘元首相に、毎日新聞が2009年4月に行った日米同盟についてのインタビューの詳報を掲載します。

日米同盟「依存心」も育てた

 ――日米同盟とは何でしょうか

 中曽根氏 一言で言えば日本の安全を保持して、自由民主の社会制度を採用していくうえで、日本が米国を選択して、米国もまた日本をアジアにおける自由民主展開の基盤、重要な基盤と考えて、両国協調して、世界的に発言権を確保しようとしているということだと思います。

 ――日米同盟が日本の社会全体に大きな影響を与えてきました。米国に頼る気持ちも育てたのではないですか。

 日米同盟の結果、自由民主社会の重要な基盤を手にしているということと、経済科学技術における提携、活用で、かなり有効であったと思う。

 しかし、一面においては、日本の安全保障の問題について、対米依存というような気持ちを日本国民の間にかなり発生させたということも否定できない。

 ある意味において日本の独立、自主性というものが影響を受けているということも否定できない。

 当時、対ソ関係、米ソ関係で、核兵器を持っている両国の関係が冷戦状態に入って、やもすれば中国やソ連などの旧共産主義系の国家を軽く見ると、米国に比べて軽く見る、そういう風潮をうんだことも否定できない。

核の傘が平和を維持した

 ――核問題だが、米国が日本に保障する核の傘についてはどう思いますか。

 兵器の発展によって核兵器というものが先進国の間で非常に有効性を保持している、そういう状況の下に、米ソの間の核の対立というものと、その間の妥協によって冷戦という状態が生まれた。

 冷戦を支えたのは核兵器だ。日本も米国陣営のなかで、役割を果たしてきている。それが戦争を起こさせないで、平和を維持させてきたという点も見逃すことは出来ない。

 ――非核三原則。堅持していく立場と思いますが、米国の核の傘と非核三原則は矛盾しないのでしょうか。

 米国の核兵器によって自己の独立と平和を維持するために、米国の核兵器に依存している。その点は認めている。一方においては人類的運命というか、世界的変化というものを考え、理想を持った場合に、核兵器の廃棄という発想は出てくる。それは人類的発想に基づく世界戦略で、当面の自国防衛というものには少し距離がある発想ですね。

 ――ライシャワー元駐日米大使は核艦船の入港を証言した。それは核の傘の一部だ。しかし核の傘の下にありながら、日本政府は今もそのことを認めていません。

 政府の政策として公式には、これを否定して、堅持している。それで米国の艦船の入港とか領海の通行、海峡の通過という問題については、米側は日本の考え方を理解したうえで、実行していると日本は考えて行っている。そういう立場でしょうね。

「不沈空母」で何を伝えたかったか

 ――「不沈空母」。そう言ったわけではないと思いますが、世論に対して否定はしませんでした。その時に日本国民に何を伝えたかったのでしょうか。

 一つは日本国民に伝えるというよりも米国人に伝えると。日本は列島のなかに外国の兵器としての航空機の侵入を許さない、外国の航空機の侵入を許さない壁を持っているような船のようなものだと、そういう表現をした。それを米国人は不沈空母と訳した。米国人がそう訳すなら勝手にしなさい、とそう私は言っておった。

 ――日米関係がどうあるべきだと思ってそういう発言をされたのでしょうか。

 米国人に日本人が自国防衛のために外国機の侵入を許さないと。そういういろいろな兵備を整えているし、国民の決心もその点においては不変であると。そういう考え方を米国人にも示しておくと。そういう意味の発言が不沈空母と米国人に翻訳された。私は米国人が勝手に翻訳するならほっておけばいいとそう言っておいた。

 というのはある意味においては、その発言において米国の上院、議会において、日本が自分で自分の国を守る決心なんだなと、そういうような単に米国人に依存しているだけではないと。そういう日本人の考え方を示して誤解を解いたと。そういう効能が出たんだ。そういう意味で特になおす必要もないだろうと。米国人の誤解をといたという副作用は、これは無視できないと。そう私個人は考えた。

日本人の気概を示した

 ――当時日本国内では不沈空母に対しては、日米同盟で、米国に対して身をていして盾になると。列島ごと米国の同盟国のための空母となっても米国を守るという意味ととられた部分もあります。

 それは全く誤解であって、私は自主防衛の日本人の気概を示したつもりだった。

 ――日本人の中で受け止め方が逆だったという印象はありますか。

 それは一部のジャーナリズムだろう。

 ――不沈空母という言葉が一人歩きしたときの受け止め方に日本という国や日米同盟をどう考えるかが表れてしまったのではないでしょうか。

 不沈空母という言葉は私は使っていない。新聞記者の日本に対する報道も不沈空母という言葉は使っていない。米国の新聞がそう書いた。そのことを日本人によく知らせておく必要があると。そう思って努力をした。国会でもそういう趣旨の答弁をしている。

 ――いま米国人に対して言いたかったことと同じメッセージも日本にも浸透したでしょうか。

 やっぱり自主防衛という考え方はかなり浸透してきたと思います。自主防衛プラス日米安保条約という考え方ですね。今までは自主防衛がなかった。日米安保条約しかなかった。

中国は核を保有している

 ――中国の力が伸びてきています。中国に対する日米同盟のあり方は。

 私らは覇権主義反対で、中国も覇権主義反対。これは特に旧ソ連に対してそういうことを中国がかつて言っておった。現在においても覇権主義は反対で公式の声明の中にも言われている。ということは、善隣友好政策をとる、そういう国策だと私はうけとっている。現に中国の要人の発言もその線にそって言われている。そういう面で、安全保障問題について、日本と中国がいろいろ防衛当局が話し合っているし、政治家も話し合っている。その話し合いの中で、中国側の考え方について一応了承している、それが現在の日本の立場だ。

 ――日米安保はまず冷戦時代は対ソ、対中だったが、その後、クローバルな位置づけに変わってきたのはないでしょうか。

 二重的な観念がある。例えば世界的には観念的には非核政策を主張している。しかし現実的には日本防衛、国家防衛のために米国の核戦略に依存している。これは近隣の中国は核戦略を持っているから。そういう現実に対応して、国民が安心できるような政策を持っているというのが自民党の考え方だ。

非核三原則は維持される

 ――日米安保のあり方は変わったか。

 時代を経るにしたがっていろいろな経験をしてみて、日米安保条約は有効に機能しているとお互いが認識している。今後も当分この日米安保は維持されるべきであると考えている。日本が非核政策をとっている限り、状況の大きな変化がない限りにおいては非核政策は維持される、特に非核三原則というものは維持される。そういう立場にあると思うね。

 ――問題意識は自主防衛にあると思います。60年安保で自主性の確保の柱の一つは事前協議制でした。しかし1960年以降、事前協議は一度も行われていません。

 あの時の改定で重要なのは内乱条項…

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