麗しの島から

「むしろ灰に…」香港理工大に若者が残した言葉

福岡静哉・台北特派員
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ヘルメットやゴーグル、マスクを付けられた孫文像。「時代革命」(革命の時だ)「光復香港」(香港を取り戻せ)のスローガンも張られていた=2019年11月29日、福岡静哉撮影
ヘルメットやゴーグル、マスクを付けられた孫文像。「時代革命」(革命の時だ)「光復香港」(香港を取り戻せ)のスローガンも張られていた=2019年11月29日、福岡静哉撮影

 警察は11月29日、1000人以上の若者らが立てこもりを続けた香港理工大の包囲を12日ぶりに解除した。多くの若者らが拘束されたキャンパス内には、いたるところにスプレーなどで書かれたスローガンが残されていた。強く印象に残った言葉を紹介したい。

 香港理工大では11月17日、警官隊との激しい衝突があった。警察はキャンパスを包囲し、逃げ出そうとしたり投降したりした若者らの大半を拘束。その後、火炎瓶など危険物を押収した上で、29日に包囲を解除した。

 記者も29日、キャンパス内に入った。武器に使うレンガや火炎瓶の空き瓶などが残され、無数のヘルメットや防毒マスクが散らばっていた。テーブルには箸が入ったままのカップラーメンの容器が残され、体育館にはマットレスや布団が敷かれたままになっていた。つい先ほどまで若者たちがそこにいたかのような錯覚を覚えた。

 「民主主義のコストは高すぎるということはない」「私が諦めたら、いったい誰がここを守るというのか」。壁や柱に書かれたスローガンが次々と目の前に現れる。警察に包囲され、追い詰められた若者たちの悲壮な覚悟が伝わってくる。

 キャンパス内を奥に進むと、孫文の銅像が見えてきた。ヘルメット、防毒マスクにゴーグルという「デモ隊スタイル」にされていた。

 武装蜂起して清王朝を倒し、1912年に中国で中華民国を建国した孫文は、香港にゆかりが深い。このため香港各地の大学に孫文の銅像がある。孫文は香港に近い中国・広東省の出身で、香港華人西医書院(香港大医学部の前身)で医学を修めた。「中国革命の父」と呼ばれ、その革命思想は香港で育まれたと言われている。実際に孫文は1923年に香港大で講演した際に「私の思想の源は香港にある」と語っている。

 孫文像の台座に、日本語でこう書いた紙が張られていた。日本語を習得した香港人が書いたのか、日本人が書いたのかは分からない。

 「初代の暴徒」

 火炎瓶などを使い暴力的な手法で抗議活動を続ける「勇武派」と呼ばれる若者らを、香港政府は「暴徒」と呼んで非難する。香港では暴動罪は最高で禁錮10年の重罪であり、「暴徒」の意味は、日本語のそれよりも強い。

 孫文が活躍した時期と今は、時代背景も違う。ただ、これを書いた人物は、暴力革命を成功させて民族の英雄となった孫文を「初代の暴徒」と名付けることで、中国共産党政権と香港政府に抵抗する自分たちの姿を重…

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福岡静哉

台北特派員

1978年和歌山県生まれ。2001年入社。久留米支局、鹿児島支局、政治部などを経て2017年4月、台北に赴任した。香港、マカオのニュースもカバーする。