
午前8時半に韓国・釜山港を出た高速船は、海路を軽やかにひた走った。首都・ソウルで、10月から5カ月間の「プチ・単身赴任」を始めてから、1カ月半ぶりの日本への「一時帰国」。たった6時間しかいることはできないけれども、40代半ばにして、人生で初めて訪れる場所だからか、こちらの気持ちも軽やかだ。
目指す先は、韓国語読みで「テマド(対馬島)」となる長崎県・対馬である。北部に位置する比田勝(ひたかつ)港までは、釜山からわずか約50キロ。国境を越えるとはいえ、東京からだと横須賀、大阪からだと大津や和歌山に行くのとほぼ同じだ。船でも1時間10分しかかからない。
船が比田勝港へとたどりつき、入国審査を済ませると、真っ先に目に飛び込んできたのは、「私たちは観光客の皆さんを歓迎します」と韓国語で書かれた横断幕を手にした地元の人々の「おもてなし」だった。
元徴用工問題や輸出規制強化、そして日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA=ジーソミア)を巡る騒動などで、「1965年の国交正常化以来、最悪」と言われる日韓関係。そのあおりを受ける形で、昨年は41万人も対馬を訪れた韓国人観光客が、今年7月以降は前年比で9割も減った。
ニュースでもずいぶんと伝えられたが、個人的に「へえー」と声を上げたのは、人口3万人の島に、人口の十数倍もの韓国人観光客が押し寄せていたという事実だった。ここ10年間で10倍以上に増えていたという。裏を返せば、対馬は見事なまでに韓国人観光客の呼び込みに成功していたのだ。
せっかく韓国に暮らしているのだから、ソウルから対馬へ足を運んでみる。そうすれば、その理由がすとんと腑(ふ)に落ちるのではないか。ソウルを出て、釜山、対馬、さらには下関や大阪、京都などを経て、東京、日光へ。1607年から1811年の間、朝鮮から日本へ12回派遣された外交使節団「朝鮮通信使」と同じ道をたどることができるチャンスは、人生でもう二度とないかもしれない。
いったん考え始めると、何とも気がかりで、ソウルから釜山は高速鉄道KTXに2時間半揺られ、1泊した後に、釜山から対馬へと向かう高速船に乗ったのだった。
目の前には、期待を上回るのどかな風景が広がっていた。波穏やかな海と、濃い緑。ソウルや釜山の騒々しさを忘れてしまいそうだ。ソウルは最低気温がすでに氷点下だったけれど、対馬は昼前で、スマートフォンのお天気アプ…
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