Social Good Opinion

今の私たちには「殴り合いじゃない議論」が必要だ

エシカルゴみずき・社会課題系YouTuber
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社会課題系YouTuberのエシカルゴみずきさん=大阪市北区で2019年12月13日、梅田麻衣子撮影
社会課題系YouTuberのエシカルゴみずきさん=大阪市北区で2019年12月13日、梅田麻衣子撮影

情報の中で、流される私たち

 私たちは、毎日あふれかえるほどの情報の中で生きています。それはSNSなどのリアルタイムで更新される情報はもちろん、テレビや新聞に掲載されている政治・経済の話から、バラエティーでの芸能人の結婚話まで、トピックは多岐にわたります。普通に過ごしているだけで、いやでも情報が目に飛び込んでくる、そんな日常。

 実際、ここ10年で、私たちのメディアとの接触時間は20%増加したというデータもあります。

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 「メディア定点調査2019」より引用
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 「メディア定点調査2019」より引用

 そんな中、受け手側の私たちは、自分で好きな情報を取捨選択するようになったともいえるでしょう。

 前回の記事で能條桃子さんが述べていた「SNSで世界は広がるが、一人一人が見ている世界は狭い」という表現は的確に今の社会を表していると思います。そして、だからこそメディア側は「いかに多くの人に発信する情報を見てもらえるか」という戦略にシフトしており、その戦略内ではニュースの“真新しさ”と“いかに目をひくか”が重要視されています。

 YouTubeも中身の質よりも、サムネ(アイキャッチ画像)のインパクトで再生回数が大きく変わるように、あふれかえる情報の中で、いかに見る人の目にキャッチーに留まるかの戦争が激化しています。飽和状態の中、どんなメディアも「自分のところの情報を見てほしい」というのが現状でしょう。

コンテンツ化されるニュース

 試行錯誤されたキャッチーな表現の中には、いい意味で意表を突いたものもあり、人の表現の幅の広がりを感じます。

 ただ、飛びつきやすく、簡単に消費されることを前提としたメディアのあり方は、事実を報道するニュースのあり方としてはどうなのだろうか、と思ってしまいます。

 目を引くような“凄惨(せいさん)なニュース”は一気に話題に上ります。そういった受け手の興味に呼応するように、どこのメディアもそれ一色に切り替わります。チャンネルを変えても、媒体を変えても、びっくりするぐらい一緒のトピックについて話す番組。

 でも、話題性がなくなって食い尽くしたら、もうおしまい。プツリと糸が切れたように、誰も話さなくなります。次にもっと面白いニュースが流されれば、前の話題はもう「過去のこと」になってしまう。「そういえば、そんな話あったよね」って感じ。報道されなくなっただけで、そのニュースの中の出来事は存在し続けるのに……。

 繰り返されるこの移り変わりに対して、私はなんとなく“ニュースが受け手に合わせてコンテンツ化されている”みたいだな、と感じていました。

消費された後も続いていくストーリー

 ニュースは、一部を切り取ることは簡単ですが、そのあとにも関わっている人たちのストーリーがずっと続いています。残虐な犯罪の後、犯人が捕まっても裁判は続くし、たたかれてメディアから姿を消した芸能人には、そのあとの人生があります。一つのニュースが取り沙汰されているとき、私たちは好き勝手に自分の主張を繰り広げます。誰が正しい、これは悪い、なんでこんなことが起きるんだ、ありえない。好きに主張を叫んで、そのあとは知らんふり。そんな感じ。

議論する間もないスピードと殴り合い

 ニュースが消費されるようになって、話題性のあるニュースへの移り変わりの激化と共に、「議論」じゃなくて「意見の殴り合い」がそこかしこで発生するようになったなと感じます。お互いが、そのニュースに関して特に知識もなく思ったことをただぶつけ合い、一度でも相手の言い方につじつまが合わないところがあったり、自分とそりが合わないところがあったりすると、総攻撃し合う「殴り合い」。

 日々あふれかえる情報の中、そのニュースに今、課題の中にいる「人間」が存在することを私たちはともすれば忘れてしまっているのかもしれません。

 まるで、大喜利のコンテンツのように、与えられたお題の表層をすくって、小さな盤上で誰かをたたく手段にしている感じがすごく……いびつに感じます。

白黒つけられないからこそ

 表層を捉えて、オンラインの中で完結してしまう今だからこそ、次世代のメディアに必要なことは、“立ち止まって議論すること”だと思っています。一つのニュースを通して、そこに生きる人たちの背景まで知った上でしっかり時間をかけて、「自分はどう思うのか」を交換し合える場所が必要なのではないか、と私は考えています。

 また、議論において関係者である本人たちがどう思うのかも大切になると思います。センシティブな話題になればなるほど、こういった心理的安全性の担保された、攻撃されないフラットな場所でこそ、出てくる本音や意見もあるのではないでしょうか。

 11月16日に開催された毎日メディアカフェ教育シンポジウム「子どもの権利を考える~みんなで考えよう!『自分らしさ』って何だろう?」では、LGBTやいじめ、虐待問題について当事者や団体の代表がディスカッションしました。

子どもたちが思いを語ったリレートーク=東京都文京区で2019年11月16日、山田茂雄撮影
子どもたちが思いを語ったリレートーク=東京都文京区で2019年11月16日、山田茂雄撮影

 もちろん議論の途中で、知らなかったことが出てきたら、意見を変えることも間違ったことではありません。また、相手の意見を冷静に聞いて初めて、自分の考えを再び吟味することができると思います。

 世の中には白黒つけられないことがたくさん存在するからこそ、勝ち負けじゃない意見交換を重ねていくことで、みんなで目指す社会を形づくっていきたい、そう願って活動しています。

エシカルゴみずき

社会課題系YouTuber

1996年生まれ。社会のことをもっと知ってほしい、とイベントを開いても誰も集まらないので「無名な自分でも、世界に発信したら誰か見てくれるんじゃないか?」とYouTubeで動画を流し始める。半年ほどSNSで気ままに発信していたら“社会課題を幅広く発信する人”がブルーオーシャンすぎて、いつの間にか司会やイベントでのプレゼンターをつとめたり、学校で登壇したりすることに。大阪市立大学商学部4年。