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年間出生数87万人以下? 「就職氷河期」の深いダメージ

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裸足でピッチを走る子どもたち=フィリピン・ネグロスオクシデンタル州タリサイ市で2017年8月5日、川平愛撮影
裸足でピッチを走る子どもたち=フィリピン・ネグロスオクシデンタル州タリサイ市で2017年8月5日、川平愛撮影

 衛藤晟一少子化対策担当相は12月10日の記者会見で、2019年の出生数が87万人を下回る可能性があることを明らかにしました。

予測超える下落

 国立社会保障・人口問題研究所の17年の推計では、19年の出生数を92万1000人、20年は90万2000人と見込み、21年に88万6000人になると想定していました。予測を超える下落スピードです。

 出産や子育ては個人的な問題であり、選択の自由が前提です。政府も個人の選択に介入することは避ける立場です。ただ、現在問題になっているのは希望しても結婚や出産をできない人がいることです。

少子化対策は?

 年間出生数は1953年以降、しばらく200万人を切りますが、71~74年は再び200万人を超えました。人口が多かった団塊の世代(1947~49年生まれ、第1次ベビーブーム)の子どもたちによる「団塊ジュニア世代」(第2次ベビーブーム)です。

 親の人口が多いので子どもの人口が多いという当たり前の結果です。同じことが繰り返されたならば95~99年ごろに「第3次ベビーブーム」が来てもおかしくないのですが、実際には「ブーム」は起きませんでした。

 90年代後半から00年代前半は日本経済が深刻な不況に陥っていた時代です。団塊ジュニア世代は就職氷河期世代と重なります。安定した職を得られず、結婚や出産に踏み切れなかったことが影響した可能性があります。

 95年から05年にかけて、合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数に相当)は95年の1.42から05年の1.26まで、ほぼ一貫して下がり続けます。

不況の影響

 このように見ると「就職氷河期世代」という言葉を生んだ90年代後半から00年代前半の不況が日本の人口に与えた影響の大きさがよくわかります。この時期の経済状況が異なれば、少子化をめぐる環境もいくらかは変わっていた可能性もあります。

 特定の世代に向けた経済支援が重要だということもわかります。

長期的な政策の難しさ

 子どもは生まれてから働き始めるまで20年前後かかります。こうした性格上、人口政策は20~30年先を見据えて行う必要があります。

 しかし、理想はともかく、目先の選挙に追われる政治家は20年後をみた政策に取り組むことはどうも苦手なようです。

 バブル崩壊後、日本経済がどん底の時期に、先を見据えて子育て支援に思い切った資源を投入できるほど、将来を見通せる政治家はいなかったということでしょう。(政治プレミア編集部)

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