台湾総統選に想う~中国による台湾の武力統一の可能性と日本の備え~

高橋孝途・元海将補
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大規模集会で有権者に支持を訴える蔡英文総統(前列中央)の様子がスクリーンに映し出された=台湾南部・台南市で2019年12月14日午後4時48分
大規模集会で有権者に支持を訴える蔡英文総統(前列中央)の様子がスクリーンに映し出された=台湾南部・台南市で2019年12月14日午後4時48分

 2020年1月11日に台湾の総統選挙が予定されている。各種世論調査によると、現時点では民進党の蔡英文総統が国民党の韓国瑜・高雄市長に10ポイント以上の差をつけて優勢に立ち、再選の可能性が極めて高くなっている。ほぼ1年前の統一地方選で国民党に大敗を喫した蔡氏が、ここまで優位な戦いを進めている背景には、香港の民主化運動の影響が大きいというのが、衆目の一致するところである。

 しかし、地方選前は、台中関係に関し比較的穏健路線をとっていた蔡氏が、1年前の惨敗の後、より「強い」立場を打ち出すようになったことも、このV字回復を支えた要因であった。

 これは、今後も台湾世論が台湾を「独立国」と捉えるか、「台湾省」であって中国との関係は正統政権に関する争いと捉えるかの両極端の間を揺れ動くことはあるものの、中長期的にみると「独立色」が強い政権成立の頻度が高くなっていくことを示唆している。

 このような流れは、蔣介石が台湾に逃れてから70年が経過し、台湾生まれ台湾育ちの者が増加し、感覚的に「台湾人」としてのアイデンティティーを持つ者が多数派となっていく中で、当然の傾向と考えるべきであろう。

 しかし、これは中国から見れば、外交的な圧力をかけたとしても、熟れた果実が落ちるように台湾を平和裏に統一できる可能性が遠のいていくことを意味する。

 また、最近の香港情勢は、中国に、高度な自治にとどまる香港でさえ離反方向に動く以上、事実上の国家として振る舞う台湾を平和裏に段階を踏んで統一していくという道程の困難性を示したとも言える。

 このような状況に加え、中国が、台湾武力統一を現実の作戦として遂行可能な程度までの実力を備えつつあることも考慮すれば、何らかの情勢の変化やイベントをきっかけに、中国が台湾の武力統一(以下、「台湾危機」)に動く可能性は、現実的の問題として想定しておくべきシナリオである。

台湾危機に対する我が国の現状

 日本はこれまで「一つの中国」の原則に基づき、「台湾危機」への具体的な対応について、少なくとも表立った検討をしてこなかった。これが高度な自治を享受している香港のような地域であれば、「中国の国内問題」として懸念を表明するのみでも済むかもしれない。

 しかし、蔡氏の言を借りると「主権があり政府があり、民主的で自由な(政治・社会)制度があり、自国を自ら防衛し、外交がある」台湾、すなわち事実上の「国家」としての体裁を整えている台湾が、その「国民」の意に反して、中国に侵攻された場合、果たして懸念を示すのみで済むだろうか。

 その侵攻が短期戦で終結せず、台湾内での交戦状態が継続するような状態になった場合に、仮に米国が介入すると決心し、日本に何らかの「貢献」を求められた場合、関与というオプションを選択肢として持つべきなのか、持つとしたら、具体的に何をすべきか、何ができるか、何をなさざるべきなのか、さらに言えば日米関係以前に、日本は台湾危機に直面した時、主体的にどのような立場をとるべきなのか。

 これまでこのような課題について日本では口に出すこともはばかる傾向にあり、具体的な検討はされてこなかった。いわば思考停止状態であり続けてきた。しかし台湾の位置づけが国際法上、国際政治上、機微であるからこそ、事前の検討もないままでは主体的に機敏に適切に対応することはできないだろう。

 台湾を巡る情勢を考えた時、このような課題に真摯(しんし)に向き合う時が来ているのでないだろうか。その検討には少なくとも「台湾の戦略的価値」、「日米関係と日中関係」の視点でより具体的に取り組む必要がある。

台湾の戦略的価値と日本の戦略目標

 台湾は、地理的に南西諸島に連なるいわゆる第1列島線に位置し、南シナ海と太平洋及び東シナ海と太平洋をつなぐ海峡を構成している。第1列島線という概念自体、海洋・海軍戦略を構築する際に一種の基準として、中国自らが導入したものであり、中国の海洋進出に立ちはだかる物理的な障害である。逆に言えば、第1列島線は、海洋進出を活発化させ、独自の海洋秩序感をもった振る舞いがみられる、中国の動きを物理的に抑制する効果がある。

 しかし、台湾が中国の強い影響下に入る、もしくは統一された場合、第1列島線には大きな穴が生じることになる。すなわち、日本にとって、民主的な政治体制下にある台湾の存在は、戦略的に極めて重要であり、台湾が統一された場合は、日本の安全保障体制そのものを再考しなければならない状況に陥る。

 したがって、日本は、民主的な統治体制の台湾の存続の支持を戦略目標として設定した上で、台湾危機に際しての対応のオプションを検討していくべきである。

日米関係及び日中関係

 米国も日本と同様「一つの中国」という原則的な立場をとっている。しかし、日本と明確に相違するのは、台湾自らの選択である限り中…

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高橋孝途

元海将補

1959年生まれ。82年防衛大学校卒(26期)、海上自衛隊入隊。しまゆき艦長、自衛艦隊司令部作戦総括幕僚、海上自衛隊幹部学校運用教育研究部長などを歴任。91年に「ときわ」航海長としてペルシャ湾掃海派遣に参加。2008年から米海軍士官学校政治学部教官も務めた。15年から徳島文理大学総合政策学部教授、16年から国際部長兼任。専門は国際政治学、安全保障論。