子年に聞く

衆院選に備え野党は一騎打ち構造を作れ

辻元清美・立憲民主党幹事長代行
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辻元清美氏=高橋恵子撮影
辻元清美氏=高橋恵子撮影

 2019年前半、地元の大阪は、大阪知事と市長のダブル選、衆院大阪12区補選、堺市長選、統一地方選、参院選と選挙に追われ続けた。全体として野党も厳しかったが、参院選では自民党は議席を増やせず、改憲勢力も3分の2議席を割った。

 これにより安倍晋三首相の野望である憲法改正に駒を進めさせなかったのは政治的に大きな意味があった。私は17年の衆院選後から19年9月まで立憲民主党の国対委員長を務めたが、この2年間で憲法は1ミリも進ませなかった。憲法9条を守り切った自負がある。

 19年の最後に中村哲さんが亡くなるというとても悲しい出来事があった。01年9月11日に米国で同時多発テロ事件が起き、10月にアフガニスタンへの空爆が始まったとき、当時衆院議員2期目だった私はアフガニスタンとパキスタンの国境に行き、中村さんの活動をお手伝いした。中村さんは戦争よりも食糧、水だと言って信念を曲げず、飢えで苦しむ子供のためにパキスタンから小麦を届けた。その中村さんが大切にしていたのが憲法9条だ。遺志を継ぎ、20年も憲法9条を守りたい。安倍首相との最終決戦だと思って臨む。

 野党共闘は大きく前に進んでいる。国対委員長になったばかりの2年前には立憲、希望、民進、共産、社民、自由の6党と衆院会派「無所属の会」の七つをまとめなければならなかったが、今は共同会派と共産党の二つにまとまっている。

 野党合流は「旧民主党が元に戻るだけ」との指摘もあるが、社民党も入る形は初めてのことだ。政治的枠組みでは最もウイングが大きくなる。

 この大きな流れの中で、20年は野党による行政監視を強化していかなければならない。批判ばかりと言われるが、大学入試改革の英語民間試験や国語・数学の記述式を見送らせたのも、18年の働き方改革関連法から裁量労働制を切り離させたのも、野党の指摘があったからだ。

 そして、20年は衆院選の年になるだろう。人気…

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辻元清美

立憲民主党幹事長代行

1960年生まれ。学生時代に国際交流NGO「ピースボート」を設立。国連地球サミットNGO代表を経て1996年衆院初当選。副国土交通相、首相補佐官、立憲民主党国対委員長などを歴任。衆院大阪10区、当選7回。