クトゥーゾフの窓から

旧ソ連諸国の独裁者はどのように身を引いたか ちらつく世襲への執念

大前仁・外信部副部長
  • 文字
  • 印刷
4年半の任期を残しながらプーチン露大統領の進退への関心が高まっている=大阪で2019年6月、大前仁撮影
4年半の任期を残しながらプーチン露大統領の進退への関心が高まっている=大阪で2019年6月、大前仁撮影

 2019年12月31日で、ロシアのプーチン大統領(67)が1999年にエリツィン大統領(当時)から大統領代行に任じられてから20年。当初は無名だった「2代目」は国際政治のリーダーの一人に上りつめ、権力を握り続けてきた。通算4期目となる今回の任期は約4年半を残すが、ロシア国内では後継問題への関心が高まっている。プーチン氏の今後を考える参考材料として、旧ソ連諸国における独裁者の身の引き方を見てみよう。

 カザフスタンのナザルバエフ前大統領(79)は、ソ連末期の90年に共和国のトップに就くと、独立後も大統領に座に座り続けた。70代に入ると進退への注目が高まり、19年3月に大統領退任を電撃発表し、当時のトカエフ上院議長(66)を後継に指名した。ただしナザルバエフ氏は国策の最高決定機関である安全保障会議の議長として残り、事実上の院政を敷いている。

 トカエフ氏への後継指名は幾つかの側面で注目された。一つは、ナザルバエフ氏の長女、ダリガ・ナザルバエワ氏(56)が後任の上院議長に就いた点である。カザフスタンでは、上院議長が大統領に不測の事態が起きた時の継承順位1位につく。このことからトカエフ氏は「つなぎ」にすぎず、ダリガ氏が真の後継者ではないかと推測された。ただしダリガ氏はカリスマ性に欠けるとも指摘されている。ナザルバエフ氏は国民の反応を見ながら、次の一手を考えているのかもしれない。

 旧ソ連諸国で指導者の世襲に成功したのはアゼルバイジャンだ。ソ連時代に共和国のトップを経験したヘイダル・アリエフ氏(故人)は、独立後の93年に大統領となり、03年に病死した。後継となった長男イルハム氏(58)は、父の死の直前に開かれた大統領選で当選し、今も統治を続ける。17年には妻のメフリバン氏(55)を第1副大統領に据えるなど、一族による統治が色濃くなっている。

 一度は世襲を考えながら断念したと思われるのがウズベキスタンである。ソ連末期から権力を握ってきたカリモフ前大統領(故人)は一時期、長女グリナラ・カリモワ氏(47)への禅譲を考えた向きがあった。しかし長女との関係を悪化させたといわれ、晩年は長女を軟禁する事態に至った。

 ただし真相は謎だ。カリモフ氏は、自分の死後にグリナラ氏が他の後継候補との争いに敗れる事態を想定し、「より安全な措置である軟禁を選んだのではないか」(外交筋)との臆測も消えていない。グリナラ氏の政治的野心が大きい一方で、父親の権威以外には十分な権力基盤を築いていなかったのは確かなようだ。

 カザフスタンのナザルバエフ氏が長女への禅譲に慎重なのは、ウズベキスタンの事例を目の当たりにしたからではないか。一部の専門家からはこのような指摘も出ている。

 ナザルバエフ氏が19年春に大統領を辞したときには任期を1年残していた。プーチン氏を巡っても、残り4年半の任期が切れるのを待たず、どこかの…

この記事は有料記事です。

残り1006文字(全文2206文字)

大前仁

外信部副部長

1969年生まれ。2008~13年、18~20年にモスクワ支局勤務。現在は旧ソ連諸国や米国の情勢、日露関係を担当。