40代半ば ソウル下宿日記

ソウルの散歩道から、日韓関係を分析してみた

坂口裕彦・ソウル支局長
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ソウル市が、電車の廃線跡を散歩道へと造り替えた「京義線ブックストリート」=2019年12月22日、坂口裕彦撮影
ソウル市が、電車の廃線跡を散歩道へと造り替えた「京義線ブックストリート」=2019年12月22日、坂口裕彦撮影

 都会のど真ん中にいるのに、どこまでも広がる青い空。視界の良さは、道幅が20メートル近くあるからだろう。ソウル市が2016年10月にオープンした「京義線ブックストリート」は、中年太りが気がかりな40代半ばには、もってこいの心地よい散歩コースである。

 京義線は、ソウルと北朝鮮北西部の中国との国境の町、新義州を結ぶ鉄道。南北に分断された鉄路は00年代に再連結されたものの、南北直通の列車運行はされておらず、韓国側では郊外と都心を結ぶ路線となっている。

「鉄道が地下に潜ったので、廃線になったこの線路を市民の憩いの場に変えました。名前がブックストリートなのは、この地域に出版社がたくさんあるからです。南北に分断されるまでは、ここから北朝鮮まで汽車が走っていました」

 ブックストリートがあるソウル市麻浦区の閔華栄(ミン・ファヨン)観光課長の紹介は、気合がみなぎっていた。古きは守りながら、新しさを打ち出すことで、過去と現在は共存できる。ソウル市が目指す街づくりをアピールしたかったのだろう。

 確かに線路や枕木の一部が残り、列車が走っていた当時を振り返ることができる。一方で、目新しい電車の形をした本の展示場やオブジェもたくさんあり、目は飽きない。「インスタ映え」を明らかに意識した設計は、なかなかいい線を突いている。

 それはそれとして、恥ずかしながら知らなかった日本との深い因縁には驚いた。

 目に留まったギターを弾く男性と、本を読みふける女性のモニュメント。傍らにある銘板に、韓国語や英語、日本語、中国語で何か書かれている。京義線の歴史だ。少し長いけれど、カタカナを漢字表記に直し、かっこで補うとこうなる。

 「ソウルと新義州を結ぶ複線鉄道で、日本帝国が朝鮮半島支配と大陸侵略のために1904~06年に建設した。518・5㎞が06年4月3日に完全開通した。(ソウルと釜山を結ぶ)京釜線と並んで、朝鮮半島の南北を貫通する主要な鉄道で、運輸交通量が一番多かった。(朝鮮戦争による)南北分断で運行が中断したが、2000年の南北首脳会談以降、復元事業が具体的に議論されるようになり、連結式が03年6月14日に軍事境界線で行われた(以下略)」

 建設期間中の1904~05年には、朝鮮半島と中国東北部の支配権を争った日露戦争が起きている。おしゃれに仕立てられたブックストリートは、西洋列強に肩を並べようとした明治時代の日本…

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坂口裕彦

ソウル支局長

1998年入社。山口、阪神支局に勤務し、2005年に政治部。外信部、ウィーン支局、政治部と外信部のデスクなどを経て、21年4月から現職。19年10月から日韓文化交流基金のフェローシップで、韓国に5カ月間滞在した。著書に「ルポ難民追跡 バルカンルートを行く」(岩波新書)。