日米安保を問う

「自衛隊明記」しようとしまいと実態は変わらない

佐藤茂樹・公明党選対委員長
  • 文字
  • 印刷
佐藤茂樹氏=大西岳彦撮影
佐藤茂樹氏=大西岳彦撮影

 改定して60年となる日米安全保障条約は、日本の平和と安全の確保にとって不可欠で、多くの国民からも支持されていると認識している。日本を取り巻く安全保障環境が厳しさと不確実性を増す中、米国の核抑止を含む抑止力が極めて大事であり、日米同盟の重要性はこれまでになく高まっている。

北朝鮮核危機が転換点

 特に私が初当選した翌年の1994年に北朝鮮の核危機があり、これが一つの転換点になったと思う。

 政界を緊迫感、危機感が覆い、日本の政治家にとっても、国民にとっても、安保環境の厳しさを目の当たりにし、いやがうえにも国の「危機管理」をどうするか考えざるを得なくなった。

 日本はどのような法整備や装備をしなければならないか。日本の努力で対応できないところについて、どのように同盟関係でしっかりカバーしていくのか。日米安保の重要性を認識せざるをえない時代になっていった。そして北朝鮮の核問題は25年以上たった今でも日本の安全保障環境の中で一番の不安材料だ。

安全保障法制で隙のない体制

 公明党が初めて与党入りしてから20年超が経過した。与党として日本の平和と安全に責任を持ち、国民の生命と財産を守るため、我が国の防衛力と共に日米同盟の重要性を自覚している。

 日本の憲法でできることは限られており、安保環境の変化に応じて党内でギリギリまで議論し、必要に応じて特別措置法などの法律を整備し対応してきた。

 国連平和維持活動(PKO)協力法では、日本の国際貢献がどうあるべきかを侃々諤々(かんかんがくがく)で議論し一つ一つ前に進めた。

 また、日米ガイドラインの議論の中では「日本はここまでできる」と米国側に直接述べ、日米両国の役割及び任務についての一般的な大枠及び政策的な方向性を示してきた。その一つの節目が、平和安全法制の整備だ。

 平時からグレーゾーン、有事に至るまで、いかなる事態においても国民の平和な暮らしと命を…

この記事は有料記事です。

残り990文字(全文1786文字)

佐藤茂樹

公明党選対委員長

1959年生まれ。93年衆院初当選。国土交通政務官、副厚生労働相などを歴任。党外交安保調査会長。衆院大阪3区、当選9回。