オアシスのとんぼ

ベストセラー「反日種族主義」に書かれていないこと

澤田克己・論説委員
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李栄薫元ソウル大教授らによる「反日種族主義」
李栄薫元ソウル大教授らによる「反日種族主義」

 ベストセラーとなっている「反日種族主義」は、文在寅(ムン・ジェイン)政権によって圧迫される保守派からの反撃という政治的な性格の強い本だ。取り上げられている「反日」は確かに見当外れだったり、事実誤認だったりで批判されてしかるべきものだろう。ただ、筆者たちの主眼は進歩派攻撃にあるので、「自分たちの側」の事情については目をつむっている。

 前回のコラムでは李承晩(イ・スンマン)時代の「反日」が等閑視されている点だけを簡単に紹介したが、その他にも資料の一面的評価といった問題点も散見される。前回のコラムを補完するものとして、「何が書かれていないのか」を見ておきたい。

 筆者の代表である李栄薫(イ・ヨンフン)元ソウル大教授は、李承晩学堂というYouTubeチャンネルの「校長」である。李承晩を建国の父として高く評価するという立場だ。

 一方で独立運動家だった李承晩が激しい反日感情の持ち主であったことは広く知られている。李承晩は公海上に一方的な「李承晩ライン」を設定して日本漁船を拿捕(だほ)し、数千人の日本人漁民を抑留した。サッカー・ワールドカップ(W杯)の予選のためでも日本人の入国は認めなかったため、日韓戦が東京での2連戦になったこともある。この時は「サッカーなら絶対に勝てる」と説得されて韓国選手の日本行きを認めたが、「行ってもいいが、責任は取れ。もし、負けたら、玄界灘にそのまま身を投げろ」と言い放ったとされる。

 同様に触れられないものに、独立運動家への拷問を再現した人形など「反日的展示」で有名な独立記念館がある。朴正熙(パク・チョンヒ)の開発独裁路線を継承した全斗煥(チョン・ドゥファン)政権が、1982年に教科書問題が日本との外交問題となった際、国民的な募金運動を展開して作ったものだ。展示内容には首をかしげざるをえないものが少なくないのだが、これも問題視されることはない。文中に出てくる部分はあるが、日本語版では注釈で「主として19世紀後半以後の日本による侵略と、それに対抗した朝鮮人の独立運動に関する展示を行っている」と紹介されていた。

 結局、「反日種族主義」で問題にされるのは金泳三(キム・ヨンサム)政権以降の「反日」ばかりである。現在は保守派に分類される金泳三大統領はもともと、李承晩、朴正熙と相対した民主化運動出身である。著者らの考える保守本流とは違うのだろう。

慰安所従業員の日…

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澤田克己

論説委員

1967年生まれ。埼玉県狭山市出身。91年入社。ソウル支局やジュネーブ支局で勤務した後、論説委員を経て2018年から外信部長。2020年4月から再び論説委員。著書に『「脱日」する韓国』、『韓国「反日」の真相』、『反日韓国という幻想』、『新版 北朝鮮入門』(共著)など。