Social Good Opinion フォロー

やらなきゃという責任感に追われないで

今井 絵里菜・神戸石炭火力訴訟原告
神戸石炭火力訴訟原告の今井絵里菜さん=本人提供
神戸石炭火力訴訟原告の今井絵里菜さん=本人提供

 私がお届けするオピニオンのキーワードは「想像力」です。現在私は、地域の住民の皆さんと共に気候変動訴訟を通じて社会に良いムーブメントを起こそうとしています。Z世代と訴訟、少し奇異な組み合わせかもしれませんね。あなたの身の回りの出来事に当てはめて考えていただけたらと思います。

一人一人の社会的責任

 連載記事を通じ、多方面で「社会に良いムーブメントを起こしたい」と考え行動に移す若者の主張が取り上げられています。そこに一貫して見られるのは、一人一人が社会に対して責任があると考えている点。そして、より良い社会を作るために自らがリーダーとなり、同世代に行動を促しているという点です。

 若者の政治参画に関する記事を書いた能條桃子さんは「私たち一人一人もこの民主主義の国で生きる小さくとも力を持つ一人一人である」と述べ、海洋ごみ問題に取り組む伊達敬信さんは「一人一人が発信力を持ち、その場で目に見えないシステムや価値まで共有していく」と述べていました。

 若者の投票率の低さ、使い捨てプラスチックごみの消費量の多さという問題が解決されにくい背景には、想像力の欠如があるのではないか。ここでの想像力とは、身近な出来事を広い文脈と結びつけて考え、また、広い世界の出来事を身近な問題と結びつける能力のことです。これにより一人一人が社会的責任を自覚することができると考えます。

 大人になっていくにつれ、行動範囲や視野が広がり、想像力は高まります。大学生になると、周りには地球規模の社会的課題に高い関心を持ち、勉学や海外ボランティア活動に励む人が増えることでしょう。

 本記事でメイントピックとなる気候変動問題にフォーカスして一つ例を挙げます。オーストラリアでの森林火災へは多くの人から寄付が寄せられました。寄付行動は、森林火災の現場で活動する人々の直接的な支援になり、歓迎すべきことです。その一方で、将来的に再び悲劇を繰り返さないためには、森林火災が深刻化、長期化している原因が気候変動にあるということ、そして私たち一人一人が原因を作っているという事実を認識すべきです。そこまで想像力の範囲を広げて問題に向き合っている人の割合は多くないと感じました。

環境問題意識高い系でとどまっていた私

 大学通学のため神戸にやって来たのは5年前。環境経済学という学問への知的好奇心から環境問題の分野に飛び込み、ボランティア活動などに関わり始めました。しかし当時、大学からわずか3キロの所で石炭火力発電所が稼働していたことなんて気づかなかったし(現在問題となっている3号機・4号機の増設以前から、1号機・2号機が運転していました)、そもそも火力発電が気候変動問題の原因となる温室効果ガスを大量に排出することも知りませんでした。例え火力発電という用語に教育で触れても、それが私たちの生活にどのように関わっているか深く教えてもらう機会はないでしょう。

 環境問題への関心は高いけれども、灯台もと暗し状態、いわゆる意識高い系でとどまっていた私。転機は2017年にドイツで開かれた国連の気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)への参加でした。国際交渉が進められる中、会議場の外で石炭火力発電を海外輸出・推進する日本の官民に対する、東南アジアから来た市民による抗議デモを目の当たりにしました。

COP23会場外での日本に対する抗議デモ。日本語が大きく目立つ=筆者撮影
COP23会場外での日本に対する抗議デモ。日本語が大きく目立つ=筆者撮影

 パリ協定以後、世界は産業革命以降の平均気温上昇を2度以下、努力目標で1.5度以下に抑えることを目指し動き出しているところで、最も重点を置くべきは化石燃料からの脱却、とりわけ脱石炭だということが示されていました。しかし、当時日本はいまだに東南アジアやアフリカ地域に石炭火力発電事業を進めていた他、また国内でも34基におよぶ石炭火力発電所の新設計画を抱えており、世界の潮流から後れを取っていました。

 交換留学先のドイツからやっと日本に帰国し、COPでの経験から時間がたっていたものの、抗議デモで人権の侵害を訴えていた東南アジアの人々の声は記憶に鮮明に残っていました。また、国内でも石炭火力発電所から排出される大気汚染の被害は存在します。家のほんのそばに増設が計画されていた地域の住民の皆さんと共に、私は建設反対運動や差し止め訴訟に関わり始めました。

 記事 

想像力を育むことは意外と難しい

 気候変動訴訟の原告として活動を始めてから1年がたちました。

 周りにこの問題に関して知る若い世代がほとんど居なかったことから、自らが率先して問題提起をし、訴訟に追い風を吹かせなければならないという責任感は芽生えていました。しかし、同じような原体験をしていない人たちに「石炭火力問題はNO」と面と向かって発信しても伝わりません。(記事参照)

温暖化対策、訴訟で変える 裁判の特徴は/世界ではどのくらい起きているの

 本記事のはじめに、社会の問題が解決されにくい原因の一つに、一人一人が社会的責任を自覚することのできる想像力の欠如があるとしました。近年、異常気象の増加や台風の巨大化で、気候変動の影響が日本でも既に現れていることから、一定数の人は気候変動がもはや遠い国で起こっている問題ではないことは頭で理解しているはずです。

 しかし今後、彼らが問題に主体的に関わり行動に移すためには、もう一歩踏み込んで想像の補助をしてあげる必要があります。

 それは希望を見せること。気候変動問題における社会的責任と言われると、スケールの大きい問題であるがゆえ、その責任は重いように受け取る人も多いでしょう。しかし、一人一人が石炭火力に依存しない電力会社を選べば、毎回裁判に足を運んで傍聴席をいっぱいにすれば、連帯した行動は大きな力になります。

 海外の気候変動訴訟においてうれしいニュースもありました。

「政府には気候変動の危機から国民を守る義務がある」 オランダ最高裁が画期的な判決

 13年に提訴されてから最高裁が判決を下すまで約7年と決して容易なものではありませんが、市民が勝ち取ってきた勝訴は希望の光です。

 今回の記事では、あまりネガティブな感情を出さないようにしました。一人一人の社会的責任について考えを深めていると、自らの生活スタイルを持続可能にできないことに憤りを感じたり、周りの人を巻き込めないことで落ち込んだりすることがありますが、希望が転がっていることは忘れないでほしいと思います。

神戸石炭火力訴訟原告

1996年生まれ。国連の気候変動に関する会議への参加やドイツへの留学を機に、国内のエネルギー事情に危機感を覚え、政策提言や気候ストライキ・マーチの運営、神戸の石炭火力発電所をめぐる訴訟の原告などさまざまな活動を広げる。神戸大学経済学部4年。