
韓国法務省は2019年10月、誤報を書いた記者を検察庁から締め出すことができる、いわゆる「出入り禁止」を含む規定を12月から導入すると発表した。私はこれを11月25日付の毎日新聞朝刊4面で報じたのだが、法務省は施行2日前に「誤報で出入り禁止」とする条文を削除するよう規定を修正した。ただ、この規定には他の部分にも問題点があるとして、韓国メディアは依然として撤回を求めている。「報道の自由」や国民の「知る権利」と、「人権保護」を巡る議論はまだまだ続きそうだ。
韓国法務省、メディアからの批判で条文撤回
問題となっているのは「刑事事件公開禁止等に関する規定」だ。文在寅(ムン・ジェイン)政権による検察改革の一環として制定された。広報基準を示すものだが、規定案が公表されるやいなや大騒ぎになった。特に、誤報をしたら出入り禁止にできるという条文には「言論統制につながる」と批判が集中した。
韓国でも日本の「記者クラブ」と似たような制度がある。取材便宜のため事前に広報資料を渡し、報道できる「解禁日時」を指定する慣行は日韓だけでなく欧米などでも一般的だ。韓国の検察庁や裁判所を担当する「法曹記者団」でも、家宅捜索などについて執行されるまで記事化しないとするルールがある。ルールに違反したと判断された場合、記者団内部で議論し、記者室や記者会見への出入りを一定期間停止する処分を決めてきた。
韓国メディアは、「出入り禁止」はあくまでメディア側が自主的に判断する問題だと主張。中央日報は社説で「検察首脳部など権力層の不正疑惑を追及した記者は、検察庁に足を踏み入れることすら難しくなる」と反発した。激しい批判を受け、法務省は条文の撤回を余儀なくされた。
「出入り禁止」続く論争
規定では、起訴されるまでは容疑事実などを含む捜査状況について検察が明らかにすることが原則禁止された。例外的に広報する際にも、広報業務ができる人を、検察庁ごとに指定される専門広報官や広報担当者に限定。従来は次席検事が行っていた記者説明の口頭ブリーフィングは廃止され、広報資料を配布するだけとされた。広報担当以外の検事がメディアに接触することも禁止された。
主な目的は、過熱する事件報道による人権侵害を防ぐためとされている。刑事事件では、裁判で有罪が確定するまでは無罪を前提とする「無罪推定の原則」がある。それにもかかわらず実際は検察による家宅捜索、容疑者として召喚されての事情聴取、そして逮捕に至る過程が報道されることで、有罪のイメージが広まるという批判に対応した形だ。
ただ、19年12月の青瓦台(大統領府)への家宅捜索や、曺国前法相に対する逮捕状請求は、例外として広報された。国民に対して知らせる必要があるかを審議する委員会が広報すべきだと判断した場合には認められるからだ。委員会の委員は、過半数が民間人だという。
捜査を担当するソ…
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渋江千春
ソウル特派員
1981年生まれ。2003年入社。阪神支局、大阪本社社会部、外信部を経て18年4月から現職。17年4月から約1年間ソウルに留学し、延世大学語学堂などで韓国語を学ぶ。趣味は6歳の頃から続ける合唱。共著に「介護殺人 追いつめられた家族の告白」(新潮社)。