神と喧噪の南アジアから

廃れる鳥葬 伝統と変化のはざまで揺らぐ社会 ディアスポラ@南アジア(パールシー編)

松井聡・ニューデリー特派員
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遺体が置かれる「沈黙の塔」。太陽光を遺体に当てるため、反射パネルが2枚設置されていた=インド西部グジャラート州ナブサリで2020年1月26日、松井聡撮影(特別な許可を得て撮影しています)
遺体が置かれる「沈黙の塔」。太陽光を遺体に当てるため、反射パネルが2枚設置されていた=インド西部グジャラート州ナブサリで2020年1月26日、松井聡撮影(特別な許可を得て撮影しています)

 インドには、1000年以上前、イスラム化が進んだペルシャ(現イラン)から逃れてきたゾロアスター教(拝火教)信者の子孫が住む。「パールシー」と呼ばれ、ムンバイやグジャラート州といった西部を中心に今も約5万5000人が信仰を守る。英ロックバンド・クイーンのフレディー・マーキュリー は英国に移住したパールシーだ。

 一方、伝統的な葬儀である「鳥葬」を行う人は近年少なくなった。人口も減少の一途をたどっており、コミュニティーの将来的な存続も危ぶまれている。

 多様性に富む南アジアには、多くのディアスポラ(異国の地に移住したコミュニティー)がある。インドを中心に彼らを取り巻く現状や課題を紹介する。

 「父は、絶対に鳥葬にしないでほしいって。ハゲワシが少なくなって、遺体が何日もなくならないから。何日も暑い中で寝かされるのは、いくら意識がないといっても私だって嫌です」

 ムンバイに住む主婦のファリダ・アンケスワリアさん(45)は、明るいパールシーらしく、ユーモアを交えて語る。

 鳥葬では、「沈黙の塔」と呼ばれる円形の構造物の中に置かれた遺体を猛禽(もうきん)類がついばむことで骨になる。パールシーの間では「遺体は汚れたもので、神聖な火は遺体を燃やすのに使えず、遺体を土に埋めれば大地が汚れる」(アンケスワリアさん)と考えられており、鳥葬が合理的な方法だと信じられてきた。

 だが近年、とりわけ都市部では猛禽類が激減した。以前は1日もあれば骨になっていた遺体が2週間たってもなくならず、腐敗が進むことも少なくないという。沈黙の塔に大きな反射パネルを設置し太陽光を当てることで遺体を急速に乾燥させ、処理を早めようとする対策も行われているが、大きな成果は上がっていない。さらに鳥が運んだ遺体の一部が住宅街に落下し、苦情が出ることもある。

 パールシー向けの情報サイトを運営するヤズディ・タントラさん(65)は「鳥葬は最も自然や環境を汚さない方法だが、現代に合っていない点も多い。3割ほどの人は土葬や、火を使わない電気による火葬を選んでいる。鳥葬を選択しない人々は今後も増えるだろう」と見る。

 パールシーは、信仰は維持しつつも、インドの文化を取り入れながら生きてきた。彼らの伝承によれば、移住を許可したインド西部の王と、現地社会に溶け込むことを約束したからだという。インド西部の現地語であるグジャラート語を母語とし、料理や衣装もインド風だ。中でも興味深いのが彼らの姓だ。ペルシャ由来ではなく、インドで就いた職業や移住先の地名を姓にしているケースが多い。「ソーダボトルオープナーワラ」(ソーダボトルの栓抜き屋)、「エンジニア」、「ドクター」などのユニークなものもあるという。

 また、パールシーを語るときに欠かせないのが、英国植民地時代以降のビジネスでの活躍だ。造船や金融などの分野で成功し、アヘンなど中国との貿易にも関わり莫…

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松井聡

ニューデリー特派員

1982年生まれ。2005年に入社し、福井支局、大阪社会部などで勤務。宗教と民族の多様性、発展と貧困、政治の混乱などさまざまなキーワードでくくれる南アジア。今何が起き、そしてどこへ向かうのか。将来を展望できるような情報の発信を目指します。