40代半ば ソウル下宿日記

新型コロナウイルス禍 韓国・大邱が映したグローバル化の光と影

坂口裕彦・外信部副部長
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「2020年は大邱・慶尚北道の観光年」とアピールするため、東大邱駅前に設置されたモニュメント=2020年2月2日、坂口裕彦撮影
「2020年は大邱・慶尚北道の観光年」とアピールするため、東大邱駅前に設置されたモニュメント=2020年2月2日、坂口裕彦撮影

 わずか1カ月前、大いに笑って、楽しんで歩いた街。そこへ防護服に身を包んだ作業員が繰り出し、必死の消毒作業を続けている。マスクを買い求める人々の長蛇の列。まさかの展開に、テレビ映像をじっと見つめる。新型コロナウイルスの感染力は、それだけ強力ということなのか。

 韓国では2月下旬になって新型コロナウイルス感染者が一気に増えた。「震源地」となったのが、ソウル、釜山に次ぐ、第三の都市、大邱(テグ)だ。新興宗教団体の教会での集団感染もあって、患者数が急増。韓国政府は、大邱などを「特別管理区域」とした。現地では、博物館や美術館などが閉じられ、韓国のポピュラー音楽「K-POP」コンサートも中止に。市民は、外出の自粛を求められている。

 2020年は韓国で「TK」と呼ばれる大邱と慶尚北道の「観光年」だそうだ。私も2月初め、ソウルから高速鉄道KTXで約2時間かけて1泊2日の日程で訪れた。もちろん、今は観光客の呼び込みどころではないだろう。

 と書くのが、とても切ない。「身近な所に緑が多くて、歴史の息づかいも感じることができる韓国で一番の街です。もっと良くなります」。こんなふうに語る大邱で生まれ育った2人の女性に滞在中、街のあちこちを親切に案内してもらっていたからだ。

 「大切なのは、外国人の皆さんに、母国で受けるよりも安く、高度な医療を提供することです。その積み重ねが、首都のソウルではなく、あえて大邱まで足を運んでいただくことにつながるわけですから。私が勤務する歯科医院では、入れ歯やブリッジに代わる治療法として普及が進むインプラント治療が人気ですね。1回の訪問で、何本も治療する人が多いですよ」

 大邱発祥のコーヒーショップ「珈琲名家」で、大邱市が力を入れる「医療観光」を、かみ砕くように説明してくれたのは、100人以上の専門スタッフを抱える「徳英歯科病院」の金坰敃(キム・ミンジョン)理事だ。そこへ現地の旅行プランナー、金恩嬅(キム・ウナ)さんが、合いの手を入れる。

 「中東からのお客さまは、家族ぐるみで来る人が多いです。だから、イスラムの戒律に従ったハラル料理でもてなします。大邱はどんな街ですかって? 医療あり、観光名所あり、そして料理はおいしく、美人の町なのです」

 なぜ、人口約250万人の大邱市は、医療観光に打って出たのか。まずは五つの大学病院、3200以上の医療機関が集まるなど医療施設が充実しているから。朝鮮王朝時代の1658年に王の命令で、薬の流通拠点になってから360年以上にわたり、伝統的な韓方医療が盛んということもあった。さらには、世界中の人やモノ、カネが自由に移動し、情報もつながるグローバル化の進展。先進国の人々や新興国の富裕層に、医療を受けてもらうだけではなく、旅行もセットで楽しんでもらう。そうすれば地元の医療業界も、観光業界も潤う一石二鳥の効果になると、そろばんをはじいた…

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坂口裕彦

外信部副部長

1998年入社。政治部、外信部、ウィーン支局、政治部副部長などを経て、外信部副部長。2019年10月から日韓文化交流基金のフェローシップで訪韓中。著書に「ルポ難民追跡 バルカンルートを行く」(岩波新書)。