クトゥーゾフの窓から

日露平和条約は必要なのか? 日本企業が進出する現場の声

大前仁・外信部副部長
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タイヤの品質を確認するブリヂストンの従業員=ロシア中部ウリヤノフスクで(ブリヂストン提供)
タイヤの品質を確認するブリヂストンの従業員=ロシア中部ウリヤノフスクで(ブリヂストン提供)

 対露政策に力を入れる安倍政権は日本の経済力をテコにして、平和条約交渉の進展を図ろうとしている。ロシア中部のウリヤノフスク州で日本企業が進出する現場を取材すると共に、関係者に平和条約交渉への思いを聞いてみた。

 作業員がコンベヤーで運ばれてきたタイヤを素早く取り上げる。表層をなでてから、縁の部分を触り、内側をのぞき込む。異常がないことを確認すると、タイヤをひっくり返し、反対側の縁を調べる。少しでもおかしい点に気づけば通知して、コンベヤーを停止する措置を執るという。タイヤの種類や大きさにより、点検にかかる時間は違ってくるが、作業員はタイヤ1本につき、30秒ぐらいで一連の作業を済ませる。

 「少なくとも半年の訓練を受けなければ、この作業に就くことはできない。我々にとってメイド・バイ・ブリヂストン(のブランドと品質を保つこと)が最も大切なのだ」。案内係の男性は少し誇らしげに語った。

 タイヤ世界最大手のブリヂストンは2016年12月、ウリヤノフスク州内の工業団地で工場を稼働させた。工場では事務員も含め約800人が勤務し、1日約5000本のタイヤを生産する。「18年から生産本数を倍増してきた。我々の工場はタイヤ製造の初歩を学ぶ段階を終え、より成熟した操業段階に入っている」。現地法人トップを務める米国人のジェフリー・グローバー代表が説明する。

 「ロシアでは自動車産業の需要が多いにもかかわらず、ブリヂストンの海外戦略で唯一残された国だった。効率のよい経営のためにはロシアの顧客の近くに拠点を構えなければならなかった」。グローバー氏は10年代前半にロシア進出を決めた経緯を振り返る。

 工場を建設したウリヤノフスク州は人口が約122万人で、州自体の市場規模は大きくない。一方でロシア中部にはロシアの自動車メーカー「アフトワズ」などが拠点を構え、グローバー氏は「我々の工場はタイヤの需要が大きい地域の近くに位置している」と利点を挙げる。

 ブリヂストンは工場建設地を選ぶ際、北西部にある第2の都市サンクトペテルブルクも検討したという。同地にもトヨタ自動車や日産自動車の組み立て工場があり、「ロシアのデトロイト」と呼ばれる。サンクトペテルブルクが欧州市場に近い点も魅力だったが、人件費がウリヤノフスクの倍近くかかることが障害となった。グローバー氏はウリヤノフスクを選んだ結果として、勤勉で社への所属意識が高く…

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大前仁

外信部副部長

1969年生まれ。2008~13年、18~20年にモスクワ支局勤務。現在は旧ソ連諸国や米国の情勢、日露関係を担当。