アフリカノート

自衛隊が去った南スーダン 「平和への確信」持てないまま

小泉大士・ヨハネスブルク特派員
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連立政権の発足を祝い、キール大統領(中央)やマシャール第1副大統領(左から2人目)と握手を交わす3人の副大統領=南スーダンの首都ジュバで2020年2月22日、小泉大士撮影
連立政権の発足を祝い、キール大統領(中央)やマシャール第1副大統領(左から2人目)と握手を交わす3人の副大統領=南スーダンの首都ジュバで2020年2月22日、小泉大士撮影

 2013年末に始まった内戦の終結を目指す南スーダンで、政府と反政府勢力の連立政権が発足した。国連の平和維持活動(PKO)に派遣されていた陸上自衛隊部隊が撤収してから3年弱。その後現地で何が起き、今どうなっているのか。

 まずは戦争にほんろうされてきた一人の画家の証言から始めたい。2月下旬、首都ジュバの雑居ビルにあるジェームズ・アグエル・ガランさん(42)のオフィスを訪れると、ひときわ目を引く絵が壁に飾られていた。

 キャンバスの右半分には、青い空の下で草を食む牛の群れ。父親と娘が手をつないで歩き、南スーダンの国旗を機体に描いた飛行機が飛び立つ。

 一方、左半分はおぞましい。レイプ、破壊、死……。あちこちから火の手が上がり、逃げ惑う住民。赤ん坊が息絶えた母の胸にしゃぶりつき、ハイエナやハゲタカが遠巻きに獲物を狙っている。

 「独立を達成した時に人々が思い描いた理想と、内戦続きの現実を表現した」とガランさんは説明する。

 この絵は子供兵だった自らの体験に基づいてもいる。11歳のとき、スーダン人民解放軍(現在の南スーダン政府軍)に徴兵されたという。約200万人が死亡したとされる第2次スーダン内戦(1983~05年)のさなかだった。

 故郷ジョングレイ州の村で「学校に通える」と誘われて付いていくと、そこは軍事キャンプ。司令官の料理や洗濯係をしながら、銃の使い方を学んだ。

 6カ月後、未明に敵軍の急襲を受けた。飛び交う銃弾から逃れるため川に飛び込んだが、岩に額をぶつけて大きな傷痕が残った。一緒に逃げた仲間はおぼれ死んでいった。

 毎朝、鏡をのぞくたびに「あの時の恐ろしい記憶がよみがえる」。今もトラウマを引きずっているという。

 南スーダンは11年7月、計約40年に及んだ長い戦争を経て、北隣のスーダンから分離独立した「世界で最も新しい国」だ。だが、2年後にはキール大統領とマシャール副大統領の権力闘争が…

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小泉大士

ヨハネスブルク特派員

インドネシアの邦字紙で7年間勤めた後、2006年入社。さいたま支局、社会部を経て、2016年4月から現職。